【第6話:狩る者の進化】
——あれから数日が経った。
クロは狩りに出るたびに、自分の中の“変化”を実感していた。
最初はただの偶然だと思っていたスキルの取得。
だが、それが明らかに「戦った相手の能力を受け継ぐ」ものだと気づいてからは、意図して狩りを選ぶようになった。
◇
《獲得スキル:跳躍強化(初級)》
《獲得スキル:毒耐性(微)》
《獲得スキル:夜目(強化)》
《獲得スキル:爪硬化(初級)》
倒したのは、牙の鋭いラット型モンスター“ファングラット”。
毒針を持つ“スティンガー”。
木の上から襲いかかる“リーフリザード”。
それぞれの戦いの中で、クロは自分の肉体が“変わっていく”のを感じていた。
(本当に……この力は俺だけのものだ)
戦えば戦うほど、己の中に蓄積されていく異質な力。
痛みと恐怖の中で、少しずつクロは戦いに慣れ、そして楽しみすら覚えるようになっていた。
◇
「おい、クロ。お前、最近やけにキレがいいな」
帰還途中、ガンジが笑いながら肩を叩いてきた。
「こないだのスティンガー、あんなんひとりで仕留めるなんざ、なかなかできねえぞ」
「……慣れてきただけだよ」
「いや、それだけじゃねえな」
クロが少し目を細めると、ガンジはまじまじと彼の顔を覗き込んできた。
「目つき、変わったな。前はもっとぼやっとしてたのに、今じゃ夜でもしっかり見えてる感じするぞ」
「……そうか?」
「それに、その爪……。なんか固そうだな。まさかお前、変なモン喰ったんじゃねえだろうな?」
「はは、勘弁してくれよ」
苦笑いでごまかしつつ、クロは自分の手を見下ろした。
(……やっぱり、見た目にも変化が出てるのか)
爪は以前より黒く、硬質になっている。
瞳も、闇の中でわずかに金属的な光を帯びていた。
(スキルの影響が、身体にも現れている……)
それが良いことなのか、悪いことなのか、まだわからない。
だが、確実に自分は“元のゴブリン”とは異なってきているのだ。
「ま、強くなるのは悪いことじゃねえ。俺は楽しみにしてるぜ、クロ」
ガンジはそう言って歩き出し、クロも小さく頷いて後に続いた。
◇
その夜。
焚き火のそばに集まった数匹の狩猟隊が、新たな遠征の指示を受けていた。
「次の狩り対象だが……」
長老格のゴブリンが、静かに口を開いた。
「“ニンゲン”が、この森に入ってきた」
その言葉に、一瞬、焚き火の音が遠のいた気がした。
「……は?」
クロの声が漏れる。
「人間、だと?」
「そうだ。武器を持っていた。多分、冒険者だろう。数は三。全員若い。だが油断は禁物だ」
ガンジが嬉しそうに笑う。
「へっ、面白えじゃねえか。いつかこうなるとは思ってた」
その輪の中で、クロだけが言葉を失っていた。
(人間——?)
まるで、遠い昔の夢を思い出すような感覚。
頭の奥で、ノイズのように響く記憶の断片。
ビルの明かり。
PCのキーボード。
疲れた体でコンビニに寄った夜のこと——
(俺は……人間だったんだ)
ゴブリンとして強くなったはずの自分が、その言葉一つで心臓を強く締めつけられる。
「クロ、聞いてんのか?」
「……あ、ああ」
「明日、出発だ。面白くなってきたぜ」
クロは小さく頷いたが、その目は焚き火を見つめたまま動かなかった。
(俺は、どうする……?)
初めての本当の選択が、目の前に迫っていた。




