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【第62話:影を知る者】

 狭い裏路地に足を踏み入れた途端、空気が変わった。


 雑多な通りから一転、そこは人の気配が希薄で、ただひんやりと冷たい石壁と水気を帯びた空気が広がっていた。クロナは無言で銀髪の少女の背を追う。イエガンもまた、気配を抑えながら後方に目を光らせていた。


 数度角を曲がり、裏道のさらに裏、ひっそりと佇む古びた倉庫の扉の前で少女は立ち止まった。


「……ここなら大丈夫。追手はいないみたい」


 少女は鍵もない扉を軽く押し開けると、クロナたちを中へ促した。倉庫の中は驚くほど整然としていた。木箱が並び、壁際には資料や地図が貼られ、小さなランタンが薄明かりを灯していた。


「……あんた、何者だ?」


 イエガンが警戒心を隠さず問うと、少女は少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。


「私はリィナ。……この町で“裏の仕事”をしてるの。表では名前も顔も知られてない。けど、あの仮面の男——あれは“執政官の密偵”よ。目をつけられたなら、早めに町を出た方がいい」


「……なんで助けた」


クロナが短く問う。


 リィナはクロナの顔をじっと見つめた。フードの奥、赤く光る目の奥に、何かを読み取ろうとしているようだった。


「君たち、ただの魔物じゃない。匂いが違う。“生きてる”っていう感じがする……人間に近い、でもそれだけじゃない」


「勘がいいな」


「勘、だけじゃない。私は……“選ばれなかった側”だから。君たちみたいな存在を見ると、放っておけなくなるのよ」


 その言葉に、クロナの胸に小さな棘のようなものが刺さる。選ばれなかった者。拒絶され、どこにも居場所がなく、彷徨い、孤独を抱えた者——。


 それはかつて、彼自身がそうだった。


「……それに、君たちを見て確信したの。やっぱり、この地に“揺らぎ”が始まってる。塔の眠りが浅くなったのも、その影響かもしれない」


 クロナは目を細める。


「塔……?」


 リィナは頷いた。


「この地には“封じの塔”がある。昔、王家の命で封印された“なにか”が眠っている。最近になって、塔の結界が弱まり、妙な生物が森や町に現れるようになったの。その中で、君みたいな存在が現れるのは……偶然じゃない気がする」


「つまり……何かが始まってるってことか」


「ええ。きっと近いうちに、この町も巻き込まれる。私にできるのは、少しでも正しい側に立つことだけ」


 沈黙が流れたあと、クロナは一歩前に出て言った。


「礼は言う。だが、あんたも危険だ。こんなことをしていれば、目をつけられる」


 リィナは微笑んだ。


「そんなの、もう慣れたわ。でも気をつけて。執政官だけじゃない。“異形狩り”を生業にしてる連中もいる。……それに、君のこと、どこかで“知ってるような目”をしてた者が一人、町にいる」


 クロナとイエガンは視線を交わす。


 知っている目? それは、過去の自分を……それとも、もっと深い“因縁”か。


「最後にひとつ。……君の名前、教えてくれない?」


 クロナは一瞬だけ迷い、それでも静かに名を告げた。


「……クロナ。今の俺は、そう呼ばれてる」


 リィナはその名を、どこか懐かしそうに口の中で転がし、そっと笑った。


「いい名前ね。ありがとう、クロナ」



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