【第52話:影を引く声】
森の奥。
獣人たちの旧集落跡――かつては賑わいを見せていたであろう場所に、いま再び火が灯る。
崩れた住居は修復が進められ、倒れた木々を伐り、囲いを築く者もいる。
獣人とゴブリンが同じ目的のために汗を流すその姿は、昨日までの敵とは思えぬほど自然なものだった。
しかし、そんな平穏の裏で、静かに“影”は迫っていた。
◇ ◇ ◇
――カサ、カサ……
風もないのに、森の枝葉が揺れる。
「……誰だ」
クロナが感知したのは、魔素の微かな乱れ。周囲の空気の歪みが、違和感として肌に触れた。
「妙な気配がする……外周の見張りを増やせ」
「はっ、クロナ様」
応じたのは、すでに完全に従属した獣人の一人、若き斥候。
彼は素早く命を伝えに走り去った。
ティナがクロナのもとに歩み寄る。
「……見つかった?」
「いや、まだだが……動いてる奴がいるのは間違いない。人か、魔物か、それとも……」
クロナは言葉を濁した。だがティナには、なんとなくその続きを察することができた。
「――王族の追っ手かも」
「可能性は高い。ここまで気配を隠して動けるやつは、普通の兵じゃねえ」
ティナはしばらく黙ったまま、森の奥を見つめた。
その眼差しには、もう迷いはなかった。
「逃げるのはやめる。……私は、向き合う。王族としてでも、ただのティナとしてでも」
「……だったら、守る側にも覚悟がいるな」
クロナは淡く微笑んだ。
◇ ◇ ◇
その夜。
火の光に照らされる集会の中心。グラウスが、静かに語り始めた。
「王族の血を引く者は、一定の年齢になると“加護”の兆しを示す。力を開花させたその時――周囲は必ず動き出す」
彼はティナを一瞥し、そして口をつぐむ。
「つまり、あの時お前が力を見せた瞬間、どこかで――いや、すでに“あの方”の耳にも届いているはずだ」
「あの方……?」
クロナが問うと、グラウスは唸るような低い声で答えた。
「獣王――王族に与する旧王朝の生き残り。もしやつが動けば、これまでの追っ手とは訳が違うぞ」
空気が張り詰める。
ティナは唇を噛み締めながら、視線を落とす。
しかしすぐに顔を上げ、毅然と告げた。
「それでも……私は、この居場所を守りたい。誰かが力を理由に支配するのなら、私はその逆を示す」
「いい言葉だ、ティナ」
クロナは言った。そして皆の前に立ち、力強く言い放つ。
「――戦う準備を整えろ。ここはもう、俺たちの棲家だ。どんな力が迫ろうと、守り抜く」
その言葉に、誰もが静かに頷いた。
森の奥深くに、新たな灯火が灯る。
それは決して消えることのない、意志の炎だった。




