【第45話:王の証】
怒号が飛び交い、矢が唸り、剣と牙が火花を散らす。
森の中、依然として続く激しい戦闘。クロナ率いる異形の群れと、獣人族の部隊が真っ向からぶつかり合っていた。
だがその最中、獣人の戦士たちの中に、異変が走る。
「いたぞ……! あの少女だ!」
数名の獣人が目を細め、ティナを指さした。
「あの金の毛並み、あの瞳……間違いない。王家の血を引く者だ!」
「ティナ王女……!」
その言葉にティナの目が大きく見開かれる。
「まだ、私を“王女”と呼ぶの……?」
ティナの呟きは、誰にも届かない。
前線では、クロナが配下たちを指揮していた。森の根と枝を操り、敵の進軍を巧みに分断する。
「前衛、右から回り込ませろ。獣人の突撃は直線的だ。止めてしまえば脅威じゃない!」
「はっ、クロナ様!」
部下たちが呼応し、戦場を動かしていく。
その一方で、ティナは徐々に獣人たちに囲まれつつあった。
ただの一人ではない。明らかに彼女を“回収”するための精鋭部隊が、彼女の周囲を固めていく。
「来ないで……!」
ティナは矢を構えるが、その手がわずかに震える。
「姫様……我々は、貴女を連れ戻しに来たのです」
灰色の毛皮を纏う老いた獣人――年嵩の将が、静かに言った。
「あなたが“王”として立てば、我々の部族は争わずとも救われる。王の血は、今やあなただけなのです……」
「違う! 私はそんな……王になんて、なりたくない!」
ティナの叫びが戦場に響き渡る。
その瞬間、空気が変わった。
「――その子に手を出すな」
クロナが現れた。
戦場の中心、睨み合う二つの存在――クロナと、獣人族の将。
その背後でティナは息を切らし、弓を握ったまま動けずにいた。
だが、前へ出たクロナは一歩も引かない。
老将が問う。
「なぜ貴様は、この娘を庇う? 貴様にとってはただの通りすがりの獣人だろう」
クロナは視線を逸らさない。静かに、だが確かに言葉を紡ぐ。
「……確かに、こいつとは浅い縁だ。どこの誰かも、何者かも知らなかった」
風がざわめき、クロナの影が地面に大きく揺れる。
「だが――この森で倒れていたこいつを助けたのは、俺だ」
獣人たちがざわつく。
「その命に手を貸した以上、責任がある。こいつがどう生きたいのか、それを他人の都合でねじ曲げる権利は、誰にもない」
クロナの声は、戦場に突き刺さるように響いた。
「こいつが帰ると望むなら、止めやしない。だが……“無理やり連れて行かれる”なら、話は別だ」
その眼光が、真っすぐに獣人の将を射抜く。
「ここから先は、通さない。俺は“意志を奪おうとする奴”が大嫌いなんだ」
ティナが息をのむ。獣人たちが剣に手をかける。
老将は目を細め、長い沈黙のあとで――唸るように言った。
「……ならば、力で語るしかあるまいな。お前に“王の血”を背負う覚悟があるか、試させてもらうぞ、黒き異形よ」
再び、戦の火蓋が切って落とされた。




