【第39話:沈黙の森】
森を渡る風は静かだった。
だが、その場の空気は張りつめていた。
レフィアとアクシオンが姿を消した後も、騎士団はその場に残っていた。クロナと、その配下のゴブリンたちを睨みつけたまま。
クロナは剣を収めると、低く言い放つ。
「……まだやるつもりか。お前たちの主は、もういない」
ロイクが一歩、前に出る。
「“塔”の観測者が姿を現すなど……我々の想像を超えていた。だがそれでも、貴様が“脅威”であることに変わりはない。何より……あの召集者の“処分対象になり得る”という言葉。つまり、貴様はいずれ――」
「それを判断するのは“塔”だろ。お前じゃない」
クロナの声は低いが、確かな威圧がこもっていた。
その一言に、ロイクは口をつぐむ。
代わりに、騎士団の後方に控えていた一人の老騎士が静かに歩み出た。
「……ロイク。ここは退こう。我らに“塔”の決定を覆す権限はない」
「だが……!」
「よい」
老騎士はロイクを制すと、クロナの前で軽く一礼した。
「我らは“王都アルトレア”より派遣された精鋭。だが、“塔”の干渉があった以上、これ以上の勝手な行動は慎むべきだ」
そしてクロナへと視線を向ける。
「我が名はレント・ヴァン=ハイデン。剣の名誉にかけて、今日の件を王都へ持ち帰り、報告する。ただし――」
レントの目が鋭くなる。
「お前が“森の秩序”を乱せば、その時は……本当に処分対象となるだろう」
「それでいい」
クロナの答えは、静かだった。
それ以上のやり取りはなく、騎士団は隊列を整え、森の外へと向かって歩き出した。
クロナの配下のゴブリンたちは、誰もが肩を張り詰めたまま、彼らの背中が見えなくなるまでその場を動かなかった。
やがて、静寂が戻る。
クロナはそっと息を吐く。
その隣で、近衛の一人――トゥガがぽつりと漏らした。
「……“塔”って、なんなんすか? あの少女の言葉……あれ、ただ事じゃないっすよね」
クロナは目を閉じ、森の匂いを深く吸い込む。
「……ああ、そうだな。あれは――この世界の“監視者”だ」
「監視……?」
「“塔”は、神代から続くと言われてる組織らしい。精霊、神獣、人ならざる存在……“異常”とされる力を記録し、干渉し、時には封印する。あいつらは、ただ戦うためじゃない。“均衡”を保つために存在してる」
「それってつまり、クロナ様も――」
「“記録される側”ってことだな」
クロナは口の端をかすかに吊り上げた。
――なぜこんなことを自分は知っているのか。
それはきっと、自分の中にミナの記憶も存在しているからだと悟った。
「以前までの貧弱なゴブリンのままだったら、そんな存在がいるなんて知らなかった。でも、いまは違う。俺たちは世界にとって、“見過ごせない存在”になった。森に潜んで生きるだけでも、誰かにとっては“異常”になる」
沈黙。
やがて、クロナは背を向け、歩き出す。
「だがそれでも――俺は俺のやり方で、生きる」
その背に、配下たちは何も言わず、ただ静かに従った。
森の奥――かつて誰も近づかなかった静謐な地に、クロナの新たな拠点が築かれようとしていた。




