【第35話:対話なき剣】
沈黙を割ったのは、剣の鞘が擦れる音だった。
ロイクの隣にいた若き騎士が、動揺を隠せずに声を上げる。
「副団長! 相手はゴブリンです! 喋ったとしても、所詮は――!」
「下がれ、ライエル」
ロイクが低く制止するも、もう騎士団の隊列には動揺が走っていた。
対話の場に立ち現れたのが、喋る“ゴブリン”だったという事実。
それを受け入れられる者は少なかった。
「……対話は不可能だな。脅しか、それとも何かの錯乱か……」
ロイクは静かに剣を引き抜いた。
「やはり、排除するしかないようだ」
クロナの目が細められる。
彼の後ろで、配下のゴブリンたちが息を呑む。
「俺は戦いたくないと言った。だが、仲間を守るためなら――やる」
クロナの足元に、緑が渦巻いた。
草木が彼の周囲に反応するように立ち上がり、風が唸る。
「全軍、構え!」
ロイクの号令と同時に、騎士たちが武器を構える。
その一方で、クロナの部下たちは姿勢を低くし、獣のように森の影へと滑り込んだ。
「……来い。だが、後悔するなよ」
クロナがそう告げた瞬間だった。
一陣の風が森を駆け抜け、次の瞬間、戦端が開かれた。
銀の鎧がきらめき、剣が走る。
それに応じるように、木の根が地面を突き破り、蔓が鞭のように唸りを上げる。
「これが……精霊の力……!」
ロイクが剣で蔓を斬り払いながら目を見開いた。
クロナはまるで森と一体化したかのように、枝葉の間を跳ね、風のような速度で騎士たちの間をすり抜けていく。
「下がれ、ロイク! その者、もはやゴブリンではない!」
老騎士の叫びが飛ぶが、若き副団長は退かない。
「ならばこの手で確かめるまでだ!」
剣と蔓、炎と大地、叫びと咆哮が交錯する。
騎士団と異形の群れ。
それは人間と“元”ゴブリンとの、避けがたい衝突の始まりだった。
森が、再び血の匂いに染まり始めていた――。




