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【第32話:選ばれし異形】

朝の森は静寂に包まれていた。

朝露を含んだ風が木々を優しく揺らし、鳥たちがまだ怯えるように鳴き声をひそめている。


そんな中、クロナは小高い岩の上に立っていた。

仲間のゴブリンたちは彼を囲むように集まり、目を輝かせて彼の言葉を待っていた。


「クロナ様、森の奥に狩りに行く準備は整っております。目撃された人間の一団は小規模、返り討ちにできます。命令を」


そう告げたのは、以前から好戦的だったグルダ。

かつては副頭だった彼も、今はクロナの忠実な部下として動いている――はずだった。


だがその言葉に、クロナは静かに首を横に振った。


「狩りは、もうやらない」


「……え?」


「人間もだ。いや、人間だけじゃない。狩っていいのは、これからは動物だけだ」


ざわつく空気。

理解できないという顔を浮かべるゴブリンたち。

中には露骨に不満を見せる者もいた。


「しかし、クロナ様……人間を狩らなければ、こちらが狩られるのでは?」


「自分たちが強くなった今、怯えて隠れている必要は――」


「違う」


クロナの声が、森を切り裂くように強く響いた。


「俺たちは、ただの狩猟部族じゃない。もう、弱者でもなければ、復讐者でもない。森で生きる――ただ、それだけでいい」


皆が言葉を失う中、クロナは静かに続けた。


「森は、俺たちを受け入れた。だから、俺たちもこの森に生きるものとして、調和の中で暮らしていく。無用な殺し合いはしない」


それは、ゴブリンという種にはあまりにも異質な思想だった。

だが同時に、それを言う資格を持つ者がいるとすれば、今のクロナ以外にはあり得なかった。


彼の異形の姿。

自然をその身に宿したその在り方が、言葉以上に重みを持って響いていた。


「……理解できねぇが、従うさ。クロナ様の命令だ」


最初に口を開いたのはグルダだった。

渋い表情を浮かべながらも、彼は深く頭を下げる。


それに続いて、他のゴブリンたちも次々に従う意思を表明していく。


「狩りは……動物だけってことだな」


「食料の確保は……罠猟と栽培でやっていけるのか?」


「なら俺、畑作りの準備します!」


「罠は任せろ!」


その様子に、クロナは小さく微笑んだ。

変わり始めたのは、森だけではない。

自分たちゴブリンの“生き方”そのものが、少しずつ――だが確かに、変わろうとしていた。


(……これが、ミナが見せたかった世界か)


彼は、そっと森の奥に向かって目を閉じた。



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