【第31話:ささやく影】
森に静けさが戻った。
だがそれは、束の間の平穏だった。
騎士団が去った後、クロナたちは簡易な集会を開いていた。
周囲を囲むゴブリンたちは、クロナの言葉をじっと待っている。
かつて仲間だった者たちも、今ではその異形の姿に畏れと敬意を込めて、跪いていた。
「クロナ様……俺たち、また戦うことになるんでしょうか」
クロナはそれに、静かに首を振った。
「その時は、まず話す。それでも駄目なら――俺たちの森を、守るまでだ」
その言葉に、ゴブリンたちは畏敬を込めて頷いた。
この異形の存在“クロナ様”こそが、自分たちの群れの主なのだと、誰もが心の底で理解し始めていた。
その夜。
クロナは森の奥へ、一人歩いていた。
かつてミナと語らった場所。風と木々の声が、微かに彼の周囲を包む。
すると、ふと。
『……ずいぶんと、“人間らしく”なったな』
声がした。
それはどこからともなく、しかし確かにクロナの耳元に届く。
「……誰だ」
返答はない。だが風がざわめき、木々の影が妙に揺れた。
『ミナの力を継いだ異形……本当に“選ばれた”と思っているのか?』
「……何が言いたい」
クロナの声には鋭さが宿る。ミナの名を口にしたその存在に、怒気がにじんでいた。
『お前が喰らったのは、ただの精霊の力じゃない。お前は今――“森そのもの”と繋がっている』
その言葉に、クロナは目を細めた。
そして気づく。これはただの幻聴ではない。
「……見えてるぞ」
風が止み、張り詰めた空気の中、木々の影から黒衣のフードを被った存在が姿を現す。
それは人とも獣ともつかない、異質な“何か”だった。
「お前は……何者だ」
「我らは“監視者”。森の均衡が崩れる時、影より現れる者だ」
「均衡……?」
「精霊を食らい、森と繋がり、己を変えたお前。お前の存在は、この世界の境を揺らす。いずれ、“災厄”を招くことになるだろう」
クロナは、沈黙する。
“災厄”という言葉が、胸の奥をざらつかせた。
「それが……本当に、俺なのか」
「……それを決めるのは、お前だ。“クロナ”よ」
その言葉を最後に、影は風と共に消え去った。
森は再び、沈黙を取り戻す。
クロナはしばし佇み、そっと空を仰いだ。
木々のざわめきが、まるで何かを訴えかけているように聞こえた。
「……俺は、何者になるんだ」
その問いは夜の森に吸い込まれ、静かに風が返してくる。




