【第318話:王を喰らう決意、黒き進化の胎動】
鬼王の言葉が、まだ耳の奥に残っていた。
――我を喰え。
その一言が、頭の中で何度も反響している。
俺は鬼王を見上げた。
両腕の存在を消されながらも、その巨体は微動だにしていない。
まるで山のような威圧が、今もこの場を支配していた。
鬼王は動かない。
ただ静かに立ち、俺の答えを待っている。
その姿は戦士というより、王そのものだった。
喰えばいい。
それが俺の力だ。
俺はここまで、すべてを喰らって強くなってきた。
精霊の力も。
喰界王の力も。
影王の力も。
だが目の前にいるのは、ただの強敵ではない。
この大地を支配してきた王だ。
その王が、自分から喰われることを望んでいる。
背後で気配が動いた。
配下たちの存在が、はっきりと感じられる。
だが誰も声をかけてこない。
止めない。
急かさない。
ただ見ている。
俺の決断を。
鬼王が低く笑った。
その声は、まるで岩が転がるように重い。
「迷うか、クロナ」
俺は小さく息を吐いた。
「当たり前だろ」
俺は鬼王の目を真っ直ぐ見返した。
「なにせ貴殿は俺と同盟を結んだ相手だからな」
鬼王は満足そうに頷いた。
その顔には怒りも悔しさもない。
ただ誇りだけがあった。
「それでよい」
鬼王は胸を張った。
まるで戦場で勝利を宣言する王のようだった。
「貴様は喰らう王だ」
その声が大地に響く。
「ならば最後まで喰らえ」
迷いが、そこで消えた。
俺はゆっくりと息を吸い込んだ。
腹の奥で、何かが熱く燃えている。
それは本能だった。
喰らえ。
俺は一歩前に出た。
鬼王の巨体が、さらに大きく視界に広がる。
だがもう、迷いはない。
「わかった」
俺の影が地面を覆った。
黒い闇が、足元から静かに広がる。
その影は波のようにうねりながら鬼王へ伸びた。
鬼王は動かない。
逃げる気配もない。
ただ堂々と立っている。
「来い、クロナ」
影が鬼王の脚に絡みついた。
巨大な身体を、黒い闇がゆっくりと覆っていく。
まるで夜が王を飲み込むようだった。
その瞬間だった。
影の奥で、巨大な口が開いた。
牙のような闇が、鬼王の身体を包み込む。
そして――喰らう。
轟音が響いた。
鬼王の魔力が爆発する。
凄まじい力が俺の体へ流れ込んできた。
「ぐ……!」
骨が軋む。
肉が膨れ上がる。
鬼王の力が洪水のように体内へ押し寄せる。
だが止めない。
俺は歯を食いしばった。
全部喰らう。
王の力を。
王の歴史を。
王の誇りを。
影がさらに広がる。
鬼王の巨体が、ゆっくりと闇の中へ沈んでいく。
そして声が響いた。
「見事だ、クロナ」
鬼王の声だった。
それはどこか誇らしげだった。
「それほどの器とはな」
鬼王の身体が崩れていく。
魔力になり、闇になり、俺の中へ溶けていく。
そのすべてを、俺は呑み込んだ。
ドクン。
心臓が大きく脈打つ。
体の奥で、何かが弾けた。
骨が変形する。
筋肉が膨張する。
影が巨大化する。
黒い魔力が、嵐のように噴き上がった。
背後で誰かが息を呑む。
「クロナ様……!」
その声が遠く聞こえる。
だが俺の意識は、変化の中心にあった。
鬼王の力が完全に融合した。
影が静かに収束していく。
そして俺は目を開いた。
世界が違って見える。
空気の流れが読める。
魔力の鼓動がわかる。
俺は拳を握った。
力が溢れている。
体の奥から無限に湧き上がる。
「なるほどな」
黒い影が背後で広がる。
それは巨大な王冠のような形をしていた。
俺は静かに呟いた。
「これが……鬼王の力か」
その瞬間。
グリムファングの新たな王が、さらに一段階上へ進化した。




