【第308話:牙は折れず、影は退かず】
遠くで、世界が歪む。
黒が弾け、空間そのものが削り取られていく。
クロナと魔王の衝突は、もはや戦場の一部ではない。
それ自体が、戦場を作り替えていた。
だが——その中心を見据えながらも、イエガンは視線を逸らさない。
目の前の敵から、一瞬たりとも外さない。
「……よそ見は終わりか」
低く響く声。
魔将は動かない。
だが、その圧は確実に増していた。
先ほどまでとは違う。
明確に、段階が上がっている。
「最初から終わってねえよ」
イエガンは肩を鳴らす。
片足にかかる重心をわずかにずらし、構えを調整する。
体は万全ではない。
それでも——相手の圧に、退く理由にはならない。
「相手が誰だろうが、やることは同じだ」
踏み込む。
地面が砕ける。
空気が裂ける。
次の瞬間、姿が消える。
そして——衝突。
ギィィンッ!!
金属音が弾ける。
魔将の剣とイエガンの刃が、正面からぶつかる。
押し合う。軋む。それでも崩れない。
「力だけではないな」
魔将の声が、わずかに変わる。
「見ている」
次の瞬間、剣が流れる。
重く、鋭い軌道。
だが——読める。
「当たり前だろ」
イエガンが踏み替える。
半歩。それだけで致命の軌道が外れる。
そのまま、反撃。
斬る。
だが——
「甘い」
魔将の剣が滑る。
受け流し、即座に切り返し。
重い一撃。
ドンッ!!
衝撃が走る。
イエガンの体が吹き飛び、地面を抉る。
土煙が上がる。
それでも——倒れない。
「……はっ」
息を吐く。
血が混じる。
それでも、笑う。
「いいな……やっぱり強ぇ」
立ち上がる。
構える。
その動きに、迷いはない。
遠くで、黒が弾ける。
空間が消える。
クロナが踏み込んでいる。
鬼王も止まっていない。
なら——こちらも止まる理由はない。
「こっちも、止まってられねえな」
イエガンの気配が変わる。
研ぎ澄まされる。
削ぎ落とされる。
ただ速いだけではない。
存在そのものが薄くなる。
「……なるほど」
魔将の目が、わずかに細まる。
「それが貴様の領域か」
「大したもんじゃねえよ」
一歩、踏み出す。
その瞬間、姿が消える。
次の瞬間——背後。
斬撃。
だが——
ガギィンッ!!
振り向きざまの一撃で、完全に受け止められる。
「遅い」
返しの一撃。
横薙ぎ。重い。
回避が間に合わない。
イエガンは、受ける。
衝撃が骨まで響く。
それでも、足は止まらない。
「……っ、だろうな」
口元から血が垂れる。
それでも、目は死んでいない。
「だから、削る」
踏み込む。
さらに深く、さらに速く。
連撃。連撃。連撃。
ガガガガガガガッ!!
火花が散る。
空間が裂ける。
互いの刃が、連続でぶつかり続ける。
拮抗。均衡。崩れない。
だが——圧が変わる。
「……なるほど」
魔将の声が低くなる。
「削る、か」
さらに重く、さらに深く。
圧が押し込まれる。
イエガンの足が沈む。
地面が砕ける。
「いいだろう」
魔将が剣を構える。
「ならば、こちらも削り取るだけだ」
空気が沈む。
次の一撃は、これまでとは違う。
そう理解しても——
「上等だ」
イエガンは笑う。
踏み出す。
退かない。止まらない。
主が前にいる限り。
「——来いよ」
衝突。
二つの影が再び交差する。
その一撃一撃が、戦場を削り取っていく。




