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【第302話:喰らう王、抗う理】

魔王の指先が、ゆっくりと持ち上がる。


その動作はあまりにも静かで、あまりにも小さい。しかし、その一挙動だけで戦場の空気が重く沈み、視界の奥で空間そのものが軋み始めた。

圧が増しているのではない。

存在そのものが削られていくような感覚が、全身を包み込む。


「……来るぞ」


 クロナが低く告げる。その声は落ち着いているが、踏み込む足はすでに次の衝突を見据えていた。


「分かってる……この圧、さっきとは桁が違うな」


 鬼王が歯を剥く。皮膚が裂け、血が滲む。それでも一歩も退かない。むしろ前へと踏み込む。王としての矜持が、その身体を支えている。


 次の瞬間、魔王の指が、わずかに弾かれた。


 それだけだった。


 だが、その瞬間、戦場の“理”が崩壊する。


 地面が沈む。空気が消える。音すら潰れ、衝撃だけが空間を押し流した。視界が歪み、存在の輪郭が削られていく。


 クロナの身体が軋む。骨が鳴り、肉が裂ける。それでも――その瞳は、まだ前を見ていた。


「……なら、その理ごと喰らうだけだ」


 影が、膨れ上がる。


 足元から広行した影が、ただ広がるのではなく、凝縮し、収束し、意思を持つように蠢き始める。地面を覆い、空間に染み込み、魔王の圧そのものへと絡みつく。


「それ……さっきまでと違うな」


 鬼王が横目でクロナを見る。


「さっきまでは、“押し返してただけ”だ」


 クロナがわずかに口角を上げる。


「でも今は……」


 影が、圧を飲み込む。


 押し潰す力を、拒絶するのではない。逆らうのでもない。


 ――取り込む。


 魔王の圧が影に触れた瞬間、弾かれることもなく、消えることもなく、ただ静かに沈み込んだ。まるで底なしの沼に沈むかのように、力そのものが吸収されていく。


「……ほう」


 魔王の瞳が、わずかに細まる。


「それが貴様の本質か」


「今さら気付いたのかよ」


 クロナが一歩踏み込む。


 その一歩で、空間が軋む。圧が影へと流れ込み、その分だけクロナの存在が膨れ上がる。圧を受けるほど、力が増す。削られるほど、喰らう量が増えていく。


 魔王の指が、再び動く。


 今度は先ほどよりも鋭く、速く、正確に。空間の一点が消し飛び、直線上の存在がまとめて削り取られる。


 だが――


「遅ぇよ」


 クロナの影が、その軌道に割り込む。


 消し飛ぶはずの空間が、影に飲み込まれる。消滅の理すら、吸収され、蓄積される。


 次の瞬間、クロナの背後の影が爆発的に膨れ上がった。


「……ッ!?」


 鬼王が目を見開く。


「貴様、それは……」


「返すぞ」


 クロナが腕を振る。


 影が解き放たれる。


 それはただの攻撃ではない。魔王が放った“理”そのもの。圧も、消滅も、歪みも、全てが混ざり合った一撃が、そのまま反転して叩きつけられる。


 轟音。


 空間が爆ぜ、地面が抉れ、視界が白く染まる。


 魔王の足元が、わずかに沈んだ。


「……面白い」


 魔王が、初めてはっきりと笑う。


「己に向けられた理を、そのまま返すか」


「違うな」


 クロナが息を吐く。


「“喰って”、俺のもんにしてから殴ってるだけだ」


 その言葉と同時に、影がさらに深く沈み込む。魔王の圧が、今度は意図的に引き寄せられていく。抗うのではなく、誘い込む。


 魔王の目がわずかに鋭くなる。


「ならば――どこまで喰らえるか、試してやろう」


 指が開かれる。


 戦場全体が、沈む。


 今度は一点ではない。面でも線でもない。領域そのものが圧に覆われ、存在の全てが削られていく。逃げ場はない。避け場もない。


 だが、クロナは動かない。


 ただ、立つ。


「来いよ」


 影が、静かに広がる。


「全部、喰ってやる」


 圧が落ちる。


 世界が潰れる。


 その中心で――影だけが、静かに広がり続けていた。

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