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【第296話:崩れぬ核、試される群れ】

止まらない。

いや、止めさせてもらえない――そう言い換えるべきだった。魔王の“選別”は一撃の破壊ではなく、戦場そのものを削り取る行為へと変質している。線が走るたびに、何かが失われる。地形、空気、そして――存在の意味そのものが。


 クロナは歯を鳴らした。さっき喰らった“断絶”とは質が違う。あれは点と線の破壊、だが今は違う。“範囲”だ。空間ごと、まとめて選別している。


「面倒な真似してくれるじゃねえか……」


 吐き捨てながら、クロナは踏み込む。線の内側へ。削られる領域へ。安全圏に留まる選択肢は、最初から頭にない。むしろ逆だ。あの“基準”の中心に近づかなければ、喰い切れない。


 その瞬間、足元が消えた。


 落ちる、という感覚すらない。地面があったという事実が消されている。重力の基準が崩れ、身体が一瞬浮いた――が、クロナはそのまま踏み抜いた。


「軽いな」


 存在の薄くなった空間を、無理やり“足場として認識する”。喰らうことで、そこにあるという事実を上書きする。理屈は通っていない。だが成立している。


 ――だが、それでも追いつかない。


 線の数が増えている。いや、増えているのではない。精度が上がっている。さっきまでの無差別とは違う。“狙って”来ている。


「……俺だけじゃねえな」


 クロナの視線が流れる。後方。グリムファングの隊員たち――牙、爪、目。それぞれが必死に抗っているが、押されている。明らかに選別の密度が違う。弱い場所、崩れやすい場所から削っている。


 核を残し、周囲から崩す。


「……舐めやがって」


 クロナの気配が変わる。笑みは消えない。だがその奥に、明確な“怒り”が宿る。


「俺の群れに手ぇ出して、ただで済むと思ってんのかよ」


 その言葉と同時に、クロナの足元が弾けた。爆ぜるような踏み込み。一直線に、魔王へ。


 だが――届かない。


 間に“層”がある。見えない隔たり。踏み込んだはずの距離が、永遠に埋まらない。距離そのものが操作されている。


「はっ……」


 クロナは止まらない。届かないなら、削るだけだ。空間を喰らう。距離を喰らう。進めないなら、進める状態に変えればいい。


 その時だった。


「クロナ様、正面に集中しすぎです!」


 ティナの声が飛ぶ。同時に、その身体が消えるように動く。速い――だがただの速度ではない。最短ではなく、最適の軌道。無数に走る線の“隙間”を縫うように、いや“発生の前”を切り裂くように加速する。


 次の瞬間、クロナの横を何かが通り過ぎた。遅れて、空間が裂ける。


「……ちっ」


 完全に狙われている。クロナに注意を引きつけ、その裏で致命の一撃を差し込む。先ほどの“点”と同じ。だが今度は、より精密だ。


「わかってる」


 クロナは短く返すと、踏み込みを止めた。いや、“止めさせた”。無理やり自分の動きを断ち切る。


 そして――


「全部まとめて喰う」


 両腕を広げる。


 次の瞬間、無数の線がクロナに集中した。選別の基準が一点に収束する。明らかに異常だ。通常ならば即座に消滅する密度。しかしクロナは笑う。


「来いよ」


 触れた瞬間、弾けた。いや、弾けたのは線ではない。クロナの内側だ。喰らう量が限界を超えている。処理しきれない。内側から崩れる。


「――ぐっ……!」


 初めて、クロナの膝が揺れる。


 その瞬間、空気が変わった。


「無茶をするな」


 低く、重い声。鬼王だった。


 踏み込みと同時に、大地が沈む。その拳が振るわれる――対象は魔王ではない。クロナを囲む“選別そのもの”。基準ごと、殴り砕く。


 轟音。空間が歪み、押し潰される。力で理を上書きする暴挙。しかしそれが成立するのが鬼王だった。


「一人で背負うな」


「……別に背負ってねえよ」


 クロナは口元を歪める。だがその呼吸は荒い。明らかに負荷が溜まっている。


「喰えるもん全部喰ってるだけだ」


「それを背負っていると言う」


 短く言い放ち、鬼王は前に出る。その背中が、わずかに前へ出た。


 ――前に立った。


「……あ?」


 クロナの目が細まる。


「俺の前に出る気か?」


「違うな」


 鬼王は振り返らない。


「並ぶだけだ」


 その言葉の直後、空間が震えた。魔王の指が、再び動く。


 今度は――これまでとは違う。


 線でも点でもない。“圧”だ。戦場全体を押し潰す、純粋な“存在の格差”。抗うこと自体が否定される領域。


 その圧が、落ちる。


「……来たか」


 クロナの笑みが深くなる。


「面白ぇ」


 鬼王の拳が軋む。


 その後方で、ティナが息を詰める。ルーニーが歯を鳴らす。イエガンが血を吐きながら立ち上がる。


 ――核は、崩れない。


 だがそれでも、押し潰される。


 その極限の中で、次の一手が試される。

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