【第291話:王と王】
地が、沈む。
それは魔術の衝撃でも、爆発でもない。
ただ“立っているだけ”の圧。
「……来たか」
魔将が、低く唸る。
その前方――砂煙の中から現れたのは、二つの影。
一つは、巨躯。
角を戴き、血のような気配を纏う存在。
鬼族の頂点――鬼王。
そしてその隣に立つのは、剣を携えた黒衣の男。
王の背に立つ者ではない。
自ら前に立つ者。
クロナは、静かに剣を向けた。
「退け」
それだけだった。
魔将が、嗤う。
「ゴブリン風情が……この戦場で、王を名乗るか」
「名乗らない」
クロナの声音は、低く冷たい。
「示すだけだ」
次の瞬間。
魔将の足元が砕けた。
鬼王が、消えたのだ。
否。
踏み込みが速すぎて、視認できなかっただけ。
轟音。
拳が魔将の防壁を粉砕し、空間ごと殴り飛ばす。
「ぐ……ッ!?」
数百歩分の距離を、一直線に吹き飛ぶ魔将。
だが、それで終わらない。
「遅い」
背後から、声。
クロナが既に間合いに入っている。
抜き放たれた剣が、魔将の再生核を正確に裂いた。
「馬鹿な……連携だと……?」
膝をつく魔将。
鬼王が、ゆっくりと歩み寄る。
「連携ではない」
低く、響く声。
「各々が、勝手に最善を尽くしているだけだ」
魔力が震える。
魔将が最後の切り札を解放する。
瘴気が爆発的に膨れ上がり、巨体へと変貌。
大地が腐り、空が濁る。
「我を退けたければ、国ごと潰す覚悟で来い!」
咆哮。
その瞬間――
クロナの瞳が、僅かに細まった。
「その必要はない」
剣を、構える。
鬼王が、隣に並ぶ。
圧が、二重に重なる。
戦場の魔族が、一斉に膝を折った。
「王が二人……だと……」
魔将が、初めて恐怖を滲ませる。
「終わりだ」
クロナが踏み込む。
同時に鬼王が地を砕く。
斬撃と拳撃が、交差する。
――爆裂。
瘴気の巨体が、中央から弾け飛ぶ。
再生しようとした核を、クロナが追撃で断つ。
さらに鬼王の拳が叩き潰す。
静寂。
魔将は、倒れ伏した。
まだ完全消滅ではない。
だが――戦闘不能。
クロナは血を払う。
「次だ」
短い言葉。
鬼王が、満足げに鼻を鳴らす。
「ようやく面白くなってきたな」
遠くで、魔力の衝突音が響く。
イエガンとティナの戦線。
そして、ルーニーの禁忌が生んだ隙。
戦場は、まだ終わらない。
だが確実に――
流れは、グリムファング側へ傾き始めていた。




