【第270話】交わされる咆哮、束ねられる意志
グリムファングの本拠地、その外縁に広がる訓練平原は、この日だけは異様な熱気に包まれていた。
牙部隊、爪部隊、目部隊――普段は役割ごとに分かれて動く者たちが、例外なく集結している。
さらに、その外側。
人ならざる圧が、空気を歪めていた。
鬼族だ。
体躯も気配も、グリムファングの戦士たちとは明らかに異なる存在が、整然と列を成している。
敵ではない。
だが、まだ「仲間」と呼ぶには距離がある。
その両陣営を見渡せる高台に、クロナは立っていた。
背後に旗はない。
玉座も、装飾もない。
ただ、そこに“立つ”という事実だけで、全員の視線が集まっていた。
ざわめきが、次第に収まっていく。
イエガンが前に出て、荒い声で叫んだ。
「静まれッ!」
一喝。それだけで十分だった。
牙部隊の戦士たちは即座に姿勢を正し、鬼族側も自然と口を閉ざす。
クロナは、深く息を吸った。
「集まってもらったのは、他でもない」
声は張っていない。
だが、不思議と遠くまで届いた。
「魔族との戦いが、本格的に始まる」
その言葉に、空気が張りつめる。
恐怖も、不安も、誰の胸にもある。だが、誰一人として目を逸らさなかった。
「すでに小競り合いの段階は終わった。これから先は、防ぐための戦いじゃない」
クロナは、鬼族の列へと視線を向ける。
「生き残るための戦いだ」
鬼族の将が、腕を組み、低く唸った。
「我ら鬼族は、力を尊ぶ。だが――」
将は一歩前に出る。
「力だけで国は守れん。ゆえに、我らはこの地の主と牙を並べることを選んだ」
鬼族の戦士たちが、地面を踏み鳴らす。
それは歓声ではない。
覚悟を示す合図だった。
続いて、ティナが一歩進み出る。
「魔族は、必ずこちらの弱点を突いてきます。補給、情報、指揮――どれが欠けても敗北に直結します」
冷静な声が、逆に全体を落ち着かせる。
「だからこそ、皆さん一人ひとりの役割が重要です。誰かが欠けてもいい戦いなど、今回はありません」
爪部隊の者たちが、無言で拳を握る。
最後に、クロナが言った。
「俺は、全員を守れるほど万能じゃない」
意外な言葉に、ざわりと波が走る。
「だからこそ、力を束ねる。鬼族と、グリムファング。立場も種族も関係ない」
拳を、胸に当てる。
「生き残りたいなら、隣に立つ者を信じろ」
一瞬の沈黙。
そして――
最初に声を上げたのは、牙部隊だった。
「応ッ!!」
次いで、爪部隊、目部隊。
鬼族も、それに応えるように咆哮を上げる。
種族も、声質も違う。
だが、その響きは一つに重なった。
イエガンは、口元を歪めながら呟く。
「……ようやく、戦争の顔になってきやがった」
ティナは静かに目を閉じ、記録用の魔具に一行を書き留めた。
――本日、共同戦線の意志統一完了。
決起集会は、演説で終わらなかった。
その場で部隊再編の最終確認が行われ、鬼族とグリムファングの混成小隊が正式に動き出す。
戦いは、もう避けられない。
だがこの日、確かに生まれたものがあった。
恐怖ではなく、覚悟。
孤立ではなく、連帯。
そして――
魔族に牙を剥くための、確かな一歩だった。




