【第269話】重ねられる牙と爪
鬼国とグリムファング、その両陣営の代表が一堂に会する場は、国境近くの中立地に設けられた石造りの会議殿だった。
過度な装飾はない。威圧も誇示も不要だという、双方の暗黙の了解が形になったような空間だった。
中央の円卓に、クロナは立つ。
その背後には誰もいない。
だが視線を巡らせれば、鬼族の将、参謀役の老鬼、そして数名の精鋭が静かに控えている。
一方、グリムファング側も同様だった。
牙部隊を代表してイエガン、目部隊のティナ、そして各部隊の伝令役が席に着いている。
奇妙な静けさの中、最初に口を開いたのはクロナだった。
「今日ここに集まった理由は一つだ」
淡々とした声。しかし、場の空気は自然と引き締まる。
「魔族は、すでに局地戦の段階を終えている。探り、陽動、分断――全部だ。次に来るのは、明確な“攻略”だろう」
鬼族側の将が、低く唸る。
「我らも同意見だ。最近の魔族の動きは、拠点制圧を前提としている」
「だからこそ、だ」
クロナは円卓に手をつく。
「この会合は、上下を決める場じゃない。誰が指揮官かを争う場でもない」
視線が、鬼族とグリムファングの双方を等しく貫く。
「役割を噛み合わせるための場だ」
そこでイエガンが、口元を歪めて笑った。
「要するに、どこで俺たちが牙を剥き、どこで鬼族が叩き潰すか、って話だな」
荒いが、核心を突いている。
「ええ」
ティナが静かに頷く。
「魔族は、こちらの防衛線を正面から破るより、指揮系統や補給を断つ動きを好みます。鬼族の機動力と、こちらの索敵・記録能力を組み合わせれば、かなりの精度で先読みできるはずです」
老鬼が、感心したように息を吐いた。
「知を担う部隊か……なるほど、理に適っている」
クロナは、その流れを逃さない。
「グリムファングは、防衛と迎撃を主軸にする。牙部隊を要に、爪部隊が後方支援を固め、目部隊が情報を統合する」
「鬼族には、遊撃と殲滅をお願いしたいのだが、どうだろう?前線が押された瞬間に、魔族の“将”を狩れる動きが必要だ」
鬼族の将が、ゆっくりと笑った。
「我らの得意分野だな」
だが、すぐに表情を引き締める。
「一つ確認しておきたい。魔族の主力が現れた場合――誰が当たる?」
その問いに、会議殿が静まり返る。
クロナは、迷わず答えた。
「俺が出る」
短い言葉。しかし、重い。
「鬼王とも合意している。魔族の“核”に近い存在が出てきた場合、俺が止める」
イエガンが、苦笑混じりに肩をすくめた。
「相変わらずだな。だがまあ……それでこそだ」
ティナは何も言わず、ただクロナを見つめ、静かに一度だけ頷いた。
鬼族側も、異論は出さなかった。
すでに、力比べは終わっている。
老鬼が、杖を鳴らす。
「では決まりだな。本日をもって、両陣営は“対・魔族共同戦線”に入る」
「小競り合いは終わる。次に動く時は――」
クロナが、言葉を継ぐ。
「戦争だ」
その宣言に、恐怖はなかった。
あるのは、覚悟だけだ。
こうして、鬼族とグリムファングは初めて牙を重ねた。
それは防衛でも、威嚇でもない。
反撃のための、静かな準備だった。




