【第268話】選んだ答えの重み
鬼国の王城は、以前と変わらぬ静けさを湛えていた。
威圧も、歓迎の誇張もない。ただ、王を迎えるに足る者だけが通される空間。
広間に立っているのは、クロナただ一人だった。
護衛も、側近も連れていない。
それは無謀ではなく――覚悟の示し方だった。
玉座に座る鬼王は、すでにクロナが来る理由を理解している。
だからこそ、余計な言葉は発しなかった。
沈黙を破ったのは、クロナの方だった。
「答えを持ってきた」
短く、だが迷いのない声。
「前回の話し合いから、ずっと考えていた。鬼族と手を組む意味、組まない場合に起こること、そのどちらもだ」
クロナは視線を逸らさない。
「最初は、限定的な交流で十分だと思ってた。情報共有だけでも、魔族への備えにはなるってな」
だが、と言葉を継ぐ。
「それじゃ足りない場面が、もう来ている」
脳裏に浮かぶのは、血に濡れた戦場。
深手を負ったイエガンの姿。
自分が間に合わなかった一瞬。
「俺は強くなった。間違いなくな。だが――」
拳を、わずかに握り締める。
「俺一人じゃ、守り切れない」
鬼王は、黙って聞いている。
評価も、否定も、挟まない。
「魔族は組織的だ。将が前に出て、その裏で別の将が動く。陽動も、分断も、最初から織り込み済みだ」
「俺たちが単独で動き続ければ、いずれ必ず削り切られる」
だから、とクロナは言った。
「選択肢を増やす必要がある。背中を預けられる相手が必要だ」
クロナは、深く息を吐く。
「……俺は、鬼族との軍事提携を受け入れる」
その言葉が落ちても、広間は静かなままだった。
やがて、鬼王が口を開く。
「条件は変わらぬな」
「上下関係は作らない。指揮権は互いに独立。だが、対・魔族戦においては同盟として動く」
「撤退判断も、情報も、隠さない」
「承知している」
鬼王は立ち上がった。
「貴様がその答えに至った理由も、十分だ」
一歩、玉座から降りる。
「力がある者ほど、独りで背負おうとする。だが王とは、背負わぬ判断を下す者でもある」
クロナは、わずかに目を細めた。
「……そう言われると、少し気が楽になるな」
「それでいい」
鬼王は、右拳を胸に当てる。
「ここに宣言する。鬼族は、グリムファングと軍事的同盟を結ぶ」
その所作に、儀式めいた重みはない。
だが、それ以上に確かな覚悟があった。
クロナも同じように拳を胸に当てる。
「俺も、同じだ」
こうして――
世界を揺るがす戦いに向けた“陣営”が、静かに結ばれた。
その頃。
鬼国から遠く離れた闇の領域で、魔族の幹部たちは動き始めていた。
「鬼族と、グリムファングが繋がったか」
低い嗤い声。
「ならば次は、その結節点を叩くだけだ」
戦争は、もう避けられない。
だが今、クロナは独りではなかった。




