【第264話:王座への踏み込み、二重の魔影】
違和感は、ほんの一瞬だった。
城壁の上から戦場を見下ろしていたクロナは、眉をひそめる。
魔将とイエガンの激突。
激しい。苛烈だ。だが――
(……軽い)
力が、ではない。
“目的”が。
クロナは視線を巡らせ、周囲の気配を探る。
その瞬間だった。
空間が、きしんだ。
背後。
王座へ続く回廊の奥。
影とも霧ともつかぬ瘴気が、静かに滲み出る。
「――なるほど、陽動か」
クロナが低く呟いた瞬間、
空間が裂けるように歪み、一つの影が現れた。
人型。
だが、その輪郭は不安定で、まるで現実に定着しきっていない。
「……ここが、喰影王の居所か」
声は低く、湿っていた。
クロナは振り返り、相手を正面から見る。
「俺の眼前に一人で乗り込んでくるとは、舐められたものだな」
その言葉に、魔将は薄く笑った。
「クククク、我の名は魔将十二傀儡が一人、土蜘蛛のダーツ」
ティナが一歩、クロナの後ろに立つ。
「……クロナ様。
この魔将、先ほどの個体とは……格が違います」
「だろうな」
クロナは肩をすくめる。
魔将の瘴気は、城そのものを侵食するように広がっていた。
壁に刻まれた紋様が、悲鳴を上げるように歪む。
「二正面作戦。
王を引きずり出すには、手堅い」
魔将はゆっくりと歩み寄る。
「誇るべき部下を持っているな、喰影王。
牙の男……実に良い」
クロナの視線が一瞬だけ、外へ向いた。
イエガンは、まだ戦っている。
役割は果たしている。
「で?」
クロナは視線を戻す。
「ここまで来て、何が目的だ?」
魔将の目が、細まった。
「貴様が“魔王”様の脅威のなりえる存在かどうか…この目で確かめさせてもらう!」
次の瞬間。
瘴気が弾け、回廊が吹き飛んだ。
瓦礫が舞う中、クロナは一歩も動かない。
影が自動的に展開し、衝撃を受け止める。
「……ほう」
魔将が感嘆する。
「反射ではない。
常時制御……なるほど」
ティナが即座に詠唱に入る。
影ではない。
情報と感覚を束ねる“目”の役割。
「クロナ様、正面の瘴気が収束します。
来ます」
「分かってる」
魔将が踏み込んだ。
先ほどの魔将とは比べものにならない速度。
空間を“踏み越える”ような動き。
クロナは初めて、半歩だけ動いた。
拳と拳が交差する。
衝撃が、城の内部を震わせた。
「――っ」
クロナは僅かに眉を上げる。
(……重ねてきやがる)
単純な力ではない。
魔力と技術を重ね、打点をずらしている。
魔将は後退し、満足そうに頷いた。
「やはりだ。
貴様は“器”ではない。
すでに、王だ」
クロナは口角を上げる。
「評価はありがたいが」
影が、静かに床を這った。
「城の中で暴れるな」
魔将の背後で、影が牙を剥く。
戦場は、完全に分かれた。
外ではイエガンが命を賭して足止めを続け、
内では、“王”と“将”の測り合いが始まった。
本当の戦いは、
ここからだった。




