【第263話:魔の深層、牙の耐久】
拮抗は、終わりを告げた。
魔将が静かに息を吐く。
その呼吸に合わせ、周囲の空気が粘つくように重く沈んだ。
イエガンは即座に理解する。
――来る。
魔将の背後で、瘴気が渦を巻いた。
先ほどまでのものとは密度が違う。色も、重さも、質も。
「……なるほど」
魔将は自分の掌を見つめる。
「ここまで引き出す必要があるとは思わなかったが……
貴様は、その価値がある」
次の瞬間。
魔将の足元が砕け散った。
爆発的な踏み込み。
視界から消えたかと思った刹那、イエガンの側面に衝撃が走る。
「――ぐっ!」
防御は間に合った。
だが、完全ではない。
腕ごと弾かれ、身体が大きく横に流される。
地面を削りながら着地し、イエガンは歯を食いしばった。
(重ぇ……!)
今までとは比べものにならない圧力。
単なる力の上昇ではない。
速度、威力、間合いの詰め方。
すべてが一段、洗練されている。
魔将は追撃を止めない。
瘴気が形を成し、刃のように伸びる。
それが四方からイエガンを襲った。
「チッ!」
イエガンは強引に前へ出た。
避ければ削られる。
ならば、切り裂く。
武器を振るい、瘴気の刃を叩き落とす。
だが――
一瞬の隙。
魔将の拳が、真正面から突き込まれた。
衝撃が内側から爆ぜる。
「が――っ!」
イエガンの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
内臓が揺れ、視界が白く滲んだ。
それでも、立ち上がる。
膝が震える。
呼吸が乱れる。
だが、退かない。
「……っ、効くな」
そう吐き捨てながら、構えを解かない。
魔将は感心したように目を細めた。
「まだ立つか。
もはや意地だけではあるまい」
「意地で十分だ」
イエガンは低く笑う。
「俺がここで折れたら、
後ろが崩れる」
魔将は一歩踏み出す。
それだけで、空気が軋んだ。
「守るものがある者は、厄介だ」
再びの激突。
今度は明確だった。
イエガンは押されている。
一撃一撃が重く、受けるたびに体力が削られていく。
反撃は通るが、致命には届かない。
魔将の動きは、もはや無駄がない。
(……長期戦は無理か)
イエガンは悟る。
だが同時に、決めていた。
――なら、時間を稼ぐ。
一秒でも、一歩でも。
城壁の上。
クロナは、静かに拳を握った。
イエガンが不利に立たされているのは明白だった。
それでも、まだ倒れていない。
(……十分だ)
王としてではなく、
戦場を知る者として。
クロナは、イエガンの役割を正しく評価していた。
魔将の力は本物。
だが、それを引き出させ、足を止めている。
それ自体が、牙部隊長の実力だった。
再び、イエガンが吹き飛ばされる。
地面に膝をつき、血を吐く。
それでも、顔を上げた。
魔将は歩みを止め、静かに告げる。
「……限界が近い」
「知ってる」
イエガンは武器を支えに立ち上がる。
「だからこそ、
ここだ」
次の一合は、
もはや意地と覚悟のぶつかり合いだった。
勝敗は、まだ決していない。
だが――
戦場は確実に、次の段階へ進もうとしていた。




