【第259話:対魔の布陣、王国の牙】
会議室の空気は、静かだが張りつめていた。
壁に掛けられた大地図の前に、クロナは立っている。
描かれているのは、グリムファングの国土。
森、湿原、交易路、境界線。そこに、いくつもの印が新たに加えられていた。
「……これが、今上がってきている異変の位置だ」
クロナは指で印をなぞる。
北、南、西。ばらばらに見えていた点は、今や一本の流れを描き始めていた。
「魔族は、正面から殴りに来る気はねぇ。まずは、国そのものを削るつもりだ」
その言葉に、集まった幹部たちが静かに頷く。
最初に口を開いたのは、イエガンだった。
「つまり……守りは“城”だけじゃ足りませんな。国境線から、奥まで全部が戦場になる」
「その通りだ」
クロナは即座に肯定した。
「だから今回が、グリムファング初の“対・魔族”前提の配置になる」
それは、この国にとって初めての試みだった。
これまでの敵は、森の魔獣か、他勢力の軍。
だが魔族は、土地を汚し、空気を歪め、影から侵す。
同じやり方は通じない。
ティナが一歩前に出て、地図の一部を指し示す。
「こちらの三地点。瘴気の流れが集まりやすい場所です。魔族が拠点を作るなら、まずここを足がかりにするはずです」
冷静で、理にかなった指摘だった。
「目部隊で常時監視を。異常が出た瞬間、即共有できるようにします」
「頼む」
クロナは短く答え、視線を別の方向へ移す。
「牙部隊は、国境線に張り付かせる。ただし密集はさせるな。小隊を分散、即応重視だ」
イエガンが、力強く頷いた。
「了解です。正面防衛じゃなく、迎撃と潰しを優先します」
「爪部隊は?」
「補給線の再構築を進めています」
報告したのは、爪部隊の代表だった。
「交易路が使えなくなった場合に備え、国内循環型の物資輸送へ切り替えます。時間はかかりますが、持久戦には耐えられるかと」
クロナは、わずかに口元を歪めた。
「……上出来だ」
守りを固める。
だが、それだけでは足りない。
クロナは、地図の中央に視線を落とした。
城。
王都。
そして、自分自身。
「最後に、俺だ」
その言葉に、全員の視線が集まる。
「魔族は、必ず俺を見に来る。王を落とせば、国は揺らぐからな」
影の王の力を得た存在。
喰影王という異質な王。
魔族にとって、放置できる相手ではない。
「だから俺は、動ける位置にいる。城に籠もらねぇ」
一瞬、ざわりと空気が揺れた。
だが、誰も反対はしなかった。
それがクロナという王だと、全員が理解している。
「……これは、防衛だ」
クロナは、はっきりと言った。
「だが同時に、警告でもある。――グリムファングは、喰われる側じゃねぇ」
拳を、静かに握る。
「踏み込んできたなら、叩き潰す」
王の言葉は、脅しではなかった。
決意だった。
会議が終わり、人が去った後も、クロナは地図の前に残った。
国を守る布陣は整った。
だが、戦はこれからだ。
「……来いよ、魔族」
静かな声で、クロナは呟く。
それは宣戦布告ではない。
王として、世界に立つ覚悟の言葉だった。
グリムファングは、初めて“魔族”を真正面から見据えた。
そして、その夜から――国は、確実に戦時の顔を持ち始める。




