【第258話:鬼の報せ、迫る魔の影】
昼下がりの城内に、重たい足音が響いた。
見張りの合図とともに開かれた門の向こうから、赤銅色の肌を持つ一団が現れる。
鬼族の使者だった。
武装はしているが、刃はすべて鞘に収められている。
敵意ではなく、警戒と礼節。その両方を背負った姿だ。
クロナは玉座から一段降り、真正面で彼らを迎えた。
「遠路ご苦労。用件を聞こう」
使者の先頭に立つ鬼族の男が、片膝をつく。
「喰影王クロナ様。我らが王より、急ぎお伝えすべき件がございます」
その言葉に、周囲の空気が引き締まる。
鬼族が“急ぎ”と断る事態。
それ自体が、ただ事ではない。
「話せ」
短い許可と同時に、男は顔を上げた。
「魔族が、動き始めております」
その一言で、予感は確信へと変わった。
「境界近くに、見覚えのない拠点が確認されました。小規模ながら、瘴気の流れを固定する装置のようなものも見受けられます」
ティナが静かに息を飲む。
「固定……ということは」
「はい。長期的な侵食を前提とした動きかと」
鬼族の男は、さらに言葉を重ねた。
「また、我らの領内でも、夜毎に影が濃くなる場所が増えております。獣が狂い、土地が痩せる兆しも出始めました」
それは、グリムファングで起きている異変と、あまりにも似通っていた。
イエガンが、低く唸る。
「点じゃなく……線で繋がってきてやがるな」
クロナは、ゆっくりと頷いた。
「魔族は、一斉侵攻を狙ってるわけじゃねぇ。まずは世界そのものを“住みにくく”してる」
喰らう前に、弱らせる。
魔族らしいやり口だった。
鬼族の使者は、一瞬言葉を選ぶように視線を伏せ、それから続ける。
「我らが王は……貴国と限定的な情報交換を進めた判断は、正しかったと考えております。ただし……」
「ただし?」
「魔族の動きは、我らだけでは抑えきれぬ規模になりつつあります」
沈黙が落ちた。
それは、遠回しな問いかけでもあった。
――この先、どうするのか。
クロナは、使者を真っ直ぐに見据える。
「鬼王に伝えろ」
声は低く、だが迷いはなかった。
「グリムファングも、同じ状況だ。まだ軍を動かす段階じゃねぇが、情報は全て共有する」
使者の目が、わずかに見開かれる。
「そして」
クロナは、続けた。
「魔族が本気で牙を剥くなら……俺は、黙って守りに徹する王じゃねぇ」
喰影王としての気配が、一瞬だけ場に滲む。
鬼族の男は、深く頭を下げた。
「必ず、お伝えいたします」
使者たちが退いた後、玉座の間には静けさが戻った。
だが、その静けさは嵐の前のものだ。
ティナが、小さく言う。
「……避けられませんね」
「ああ」
クロナは、窓の外を見た。
まだ平穏な空。
だが、その下で世界は確実に軋み始めている。
「次は……魔族が何を仕掛けてくるかだ」
王としての選択が、また一つ重みを増していく。




