【第257話:散る異変、夜に届く報】
朝靄がまだ城下に残る刻、グリムファングの城内はいつになく慌ただしかった。
回廊を行き交う足音は早く、伝令の声があちこちで重なっている。
クロナは玉座の前に立ち、集まった報告役たちを静かに見渡していた。
昨夜感じた嫌な気配は、ただの予感では終わらなかったらしい。
最初に進み出たのは、目部隊の者だった。
「クロナ様。北の交易路付近にて、夜間に正体不明の魔獣が出没しました。数は少数ですが、行商の護衛が二名負傷しております」
地図の上に小さな石が置かれる。
交易路の外れ。これまで大きな問題が起きたことのない場所だ。
続いて、爪部隊からの報告が重なる。
「南の湿原地帯で、瘴気の濃度が急上昇しています。現地の獣が異様に荒れており、狩りに出た者が撤退しました」
石が、もう一つ。
クロナは腕を組み、無言でそれを見下ろす。
まだ、点だ。だが嫌な並び方をしている。
そこへ、牙部隊の兵が一歩前に出た。
「西の森です。夜警の交代時、影が勝手に動いたと報告がありました。幻覚の可能性もありますが……複数人が同じものを見ています」
空気が、わずかに張り詰めた。
影が勝手に動く。
クロナの胸の奥で、影の王の力が微かに反応する。
だが、クロナはそれを表に出さなかった。
「被害は」
短く問う。
「現時点では、なし。ただし……森の奥で、地面に不自然な焼け跡が見つかっています」
クロナは、静かに息を吐いた。
どれも単発。
どれも決定打にはならない。
だが、重なれば話は別だ。
「……偶然じゃねぇな」
その呟きに、周囲の空気が一段重くなる。
ティナが一歩進み、地図を見ながら口を開いた。
「場所が散っています。ですが……境界線をなぞるようにも見えます。まるで、こちらの反応を探っているような……」
慎重な言葉遣い。
だが、その推測は鋭かった。
イエガンが腕を組み、低く唸る。
「小競り合いを起こして、守りの薄い場所を洗い出す……嫌なやり口だな」
クロナは、ようやく頷いた。
「魔族だ」
その一言で、場が静まる。
断定に近い口調だった。
影の違和感、喰界王としての感覚、その両方が同じ答えを示している。
「まだ本気じゃねぇ。様子見だ。だからこそ、今は派手に動く必要はない」
視線が、集まる。
「各地の警戒を一段階上げろ。ただし、こちらから仕掛けるな。異変は全て記録しろ。繋がりが見えるまで……待つ」
命令は簡潔だった。
ティナが深く一礼する。
「承知しました。情報の整理と共有を急ぎます」
イエガンも頷いた。
「牙部隊を分散配置します。万が一の時は、即応できるように」
クロナは二人の背を見送りながら、再び地図に目を落とす。
石で示された点は、まだ小さい。
だが、その裏で何かが動いているのは間違いなかった。
「……来るなら来い」
クロナは、静かに言った。
王として、守るものがある。
そして喰影王として、喰らうべき敵がある。
夜はまだ明けきっていない。
だが、各地に散った異変は、確実に“次”への合図になりつつあった。




