【第255話:鬼王の承認、迫る魔の潮】
鬼王からの返答は、思いのほか早かった。
グリムファング王城に設けられた応接の間。
重厚な石造りの空間に、鬼族特有の威圧感をまとった使者が立ち、その背後には鬼王自身の気配が、まるで壁越しに伝わってくるかのように濃く漂っていた。
「喰影王クロナ殿。貴殿の提案――限定的な交流と情報の共有。我が国は、これを受け入れる」
低く、しかし明確な声だった。
その言葉に、イエガンとティナはわずかに肩の力を抜く。
クロナは玉座に座したまま、静かに頷いた。
「話が早くて助かる。無駄な駆け引きは好きじゃねぇ」
鬼王の口元が、僅かに吊り上がった。
「それは、我も同じだ。だが――」
その声音が、一段低くなる。
「貴殿に伝えておくべき話がある。これは“交流”の一環として、だ」
空気が、わずかに張り詰めた。
「魔族が、動いている」
その一言で、場の温度が変わる。
ティナが息を呑み、イエガンの視線が鋭くなるのを、クロナは背後の気配で感じ取った。
「表向きは静観を装っているが、我ら鬼族の辺境、そして異界に近い地で、小規模な侵食が始まっている。偵察、拠点構築、力の測定……いずれも、戦の前触れだ」
鬼王の声には、誇張も焦りもなかった。
それが事実であることを、逆に強く物語っている。
クロナは、即座に答えなかった。
魔族。
それは、グリムファングにとっても無縁ではない存在だ。
影の深層、異界の歪み――そのどれにも、魔族の影は絡んでいる。
「……鬼族だけの問題じゃねぇな」
ようやく、クロナはそう口にした。
「無論だ」
鬼王は即答する。
「貴殿の国が台頭したことで、魔族は警戒を強めている。喰界王の力、影の王の力、その双方を束ねた存在を……放置するほど、あやつらは甘くない」
その言葉に、クロナの胸の奥で何かが噛み合った。
力を得た以上、見られる。
王として立った以上、避けられない。
クロナは、ゆっくりと立ち上がった。
「……軍事提携の話」
その一言に、場が静まり返る。
「今すぐに結ぶとは言わねぇ。だが――魔族が相手なら、無視もできねぇ」
イエガンが、わずかに目を見開いた。
それが、クロナなりの譲歩であり、覚悟の表明であることを理解したからだ。
鬼王は、満足そうに鼻を鳴らした。
「良い。貴殿が“王の視点”で考えるなら、それでいい。我らは急がぬ。ただ、備えるだけだ」
クロナは、鬼王を真っ直ぐに見据えた。
「情報は共有する。交流も続ける。その上で――必要になった時、改めて話をしよう」
「承知した、喰影王」
その呼び名が、正式なものとして場に落ちる。
王と王。
力を知り、脅威を共有し、まだ完全には交わらない距離。
だがその隙間を、魔族という“共通の敵”が、確実に埋め始めていた。
クロナは胸中で、静かに息を吐いた。
――もう、国内だけを見ている段階じゃねぇな。
喰影王としての責任は、確実に大陸全体へと広がり始めていた。




