【第254話:静かな選択、王の距離】
グリムファング王城の中枢、評議の間には重たい静寂が落ちていた。
鬼王との激突を経た余韻はまだ空気に残り、壁に刻まれた微かな損傷が、あの戦いが現実であったことを雄弁に語っている。
玉座に腰を下ろしたクロナは、片肘を膝に置き、深く思案していた。
鬼王の提案――軍事的友好国。
それは力を持つ者にとって魅力的であり、同時に危うい毒でもある。
沈黙を破ったのは、イエガンだった。
「……クロナ様。鬼族の提案、拙速に受けるべきではないと存じます」
その声は低く、しかし迷いがない。
評議の席にいる者たちの視線が、一斉にイエガンへと集まった。
「軍事提携とは、即ち戦争を共有する覚悟。鬼王は強大ですが、その国の全てが同じ考えとは限りません。まずは――限定的な交流と情報のやり取りから始めるべきかと」
クロナは視線を上げ、イエガンを見た。
忠誠の中にある現実的な判断。その言葉には、守るべき国を知る者の重みがあった。
ティナも、静かに頷く。
「私も同意見です、クロナ様。鬼族の内部事情、政治構造、価値観……それらを知らずに同盟を結ぶのは、あまりに危険です。情報交換という形であれば、双方に利があります」
クロナは、しばし目を閉じた。
喰影王としての力。
王としての責任。
その二つが、胸の奥で静かに拮抗している。
「……鬼王は、力で測るタイプだ」
ぽつりと、クロナは言った。
「だからこそ、急がせると面白がって踏み込んでくる。だが――」
ゆっくりと立ち上がり、玉座の前へ一歩踏み出す。
「国を背負う以上、俺は“面白さ”じゃ動かねぇ」
影が、足元で静かに揺れた。
だが、それは威圧でも誇示でもなく、ただ在るべき場所に在る力だった。
「鬼族には伝えろ。まずは限定的な交流。使節の往来と、情報の共有だけだ。軍事の話は――その後だ」
イエガンは、即座に片膝をついた。
「御意。必ず、その意を正確に伝えます」
ティナも一礼する。
「慎重で、しかし逃げない選択……王として、最善かと存じます」
クロナは、わずかに笑った。
「王ってのは、案外めんどくせぇな」
そう呟きながらも、その表情に迷いはない。
力で示し、言葉で距離を測り、時間を使って理解する。
それが、今のクロナが選んだ“王の在り方”だった。
鬼族との関係は、まだ始まったばかりだ。
静かな交流の裏で、互いの腹を探る日々が続くだろう。
だが――
この選択が、やがて大陸全体の均衡を揺るがす一手になることを、誰もまだ知らなかった。




