【第253話:王の席で交わされる声】
鬼王一行が去った後も、城内には妙な熱が残っていた。
それは戦闘の余韻ではなく、これから選ばねばならない未来の重さだった。
クロナはその日のうちに、幹部を集めるよう命じた。場所は城の奥、王の間に隣接する円卓の広間。戦議だけでなく、国の進路を決める際に使われる、いわば“決断の場”だ。
集まったのは、イエガン、ティナ、ルーニーを主とした各部隊の代表者たち。
誰もが席に着いた後、クロナは立ったまま口を開く。
「鬼族からの提案についてだ」
それだけで、空気が一段引き締まる。
「国交を開く。それだけじゃねぇ。軍事的友好国としての提携――正直、軽い話じゃない」
クロナは全員を見渡した。
「だから今日は、俺が答えを出す場じゃねぇ。意見を聞く」
最初に口を開いたのは、イエガンだった。
「率直に言わせていただきます、クロナ様」
その声音は硬い。
「鬼族は強い。あの鬼王も、実力も覚悟も本物です。友好関係を結べば、抑止力としては申し分ありません」
だが、イエガンはそこで一度言葉を切る。
「ただし、同時に狙われやすくなります。鬼族と軍事提携を結んだ国として、我らは確実に“目立つ”」
それは防衛を担う者としての、現実的な見解だった。
次に、ティナが静かに続く。
「外交的な観点から言えば……鬼族との正式な国交は、前例としても極めて珍しいです」
彼女は指先で資料を整えながら言った。
「人族、魔族、異界側――どの勢力も、鬼族を警戒しつつ距離を取ってきました。そこへグリムファングが踏み込めば、注目と警戒の両方を集めることになります」
それは危険であると同時に、機会でもある。
「ですが」
ティナは視線を上げる。
「鬼王の言葉に虚飾は感じられませんでした。少なくとも現時点では、対等な関係を望んでいるように見えます」
場が静まり返る。
慎重論と、可能性。その両方が、円卓の上に並べられていく。
「……私からも一言よろしいでしょか?」
ルーニーが口を開いた。
「正直、鬼族と手を組めば、短期的には安心できます。だが、もし関係が拗れた場合……敵に回した時の危険度は計り知れません」
それもまた、否定できない事実だった。
クロナは腕を組み、黙って聞いていた。
誰の意見も正しい。だからこそ、簡単に決められない。
「一つ、確認しておきたいことがあります」
ティナが再び口を開く。
「クロナ様は、鬼王をどう見ましたか?」
全員の視線が、クロナに集まる。
クロナは少しだけ考え、言った。
「力を誇る王じゃねぇ。力を測り合う王だ」
それは、戦ったからこそ分かる感覚だった。
「俺を試しに来たのは間違いねぇ。だが、試した結果を認める度量もある」
イエガンが、静かに頷く。
「……つまり、信用に値する相手だと?」
「少なくとも、“話が通じる王”だ」
クロナはそう答えた。
しばらく沈黙が流れ、やがてイエガンが口を開く。
「でしたら、即断ではなく――段階的な関係構築を提案します」
「段階的に、か」
「はい。まずは限定的な交流、情報交換。軍事提携については、その後でも遅くはありません」
ティナも同意する。
「交渉の主導権をこちらが握れる形で進めるべきですね。鬼王も、その方が納得するでしょう」
クロナは、深く息を吐いた。
「……なるほどな」
王としての判断を、仲間たちが支えようとしている。それが、はっきりと伝わってくる。
「今日はここまでだ」
クロナはそう言って、会議を締めた。
「俺の中でも、考えをまとめる。鬼王への返答は、それからだ」
幹部たちは立ち上がり、それぞれの思いを胸に広間を後にする。
最後に残ったクロナは、王の席に腰を下ろし、天井を見上げた。
戦えば勝てる。
だが、国を導くのは、勝敗だけじゃない。
「……選ぶってのは、重いな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
グリムファングは今、確実に次の段階へ踏み出そうとしていた。




