【第252話:剣を収めた先の選択】
戦場に残っていた緊張は、ゆっくりと霧散していった。
鬼王が完全に戦意を収めたことで、張り詰めていた王威同士の圧力は消え、空気はようやく“会話が許される場”へと戻る。だが、その余韻は重い。並の交渉ではないことを、誰もが理解していた。
イエガンとティナは距離を保ったまま、沈黙を守る。
これはもう、彼らが口を挟める領域ではない。
鬼王は一度、周囲を見渡した後、クロナへと視線を戻した。
「改めて言おう。俺はお前を気に入った」
率直な言葉だった。駆け引きも、飾りもない。
「力があるだけの王なら、いくらでもいる。だがな……その力を、どう使うかを考えられる王は少ない」
クロナは何も言わず、鬼王の言葉を待った。
「鬼の国は、孤立を選んできた。選ばされた、と言ってもいい。人族とも、魔族とも、互いに信用がなかったからな」
鬼王は鼻で笑う。
「だが、お前を見て考えが変わった。力を誇示せず、必要な場面でのみ解放し、なおかつ周囲を見ている。……そんな王となら、無駄な争いを減らせる」
一歩、鬼王が前へ出る。
威圧ではない。提案の距離だ。
「国交を開きたい。形式だけの挨拶や条約じゃない。互いの国を、対等な存在として認め合う関係だ」
イエガンが、わずかに眉を動かす。
それだけでも異例だ。だが、鬼王の言葉はそこで終わらなかった。
「さらに言えば――軍事的友好国としての提携を望む」
その一言で、空気が再び引き締まった。
軍事的友好国。
それは、侵略時の相互支援、情報共有、場合によっては共同戦線すら視野に入る関係だ。軽々しく結べるものではない。
鬼王は続ける。
「誤解するな。従属を求める気はない。上下もない。ただし、敵に回るより、背中を預けられる相手でいたい」
その視線は、王としての真剣さに満ちていた。
クロナは、しばし黙考する。
鬼の国との提携――それが意味するものは大きい。抑止力にもなる。だが同時に、グリムファングは否応なく“世界の渦中”へと引きずり出される。
簡単に頷いていい話ではない。
「……鬼王」
クロナは、ゆっくりと口を開いた。
「評価はありがたい。提案も、悪くねぇ」
鬼王が目を細める。
「だが、即答はできねぇ」
クロナの言葉には、迷いよりも慎重さがあった。
「俺の群れ、俺の国だ。俺一人の気分で決めるわけにはいかねぇ」
その返答に、鬼王は不満を見せなかった。むしろ、納得したように頷く。
「いい返事だ」
即断しない王を、鬼王は軽んじない。
「どれくらい欲しい?」
「少し考える時間をくれ」
短く、だがはっきりと。
鬼王は笑った。
「構わん。逃げる気も、誤魔化す気もなさそうだ」
そう言って、踵を返す。
「答えが出たら、使者を寄越せ。形式ばった文言は不要だ。お前の言葉でいい」
鬼王は最後に振り返り、クロナを見据えた。
「敵になるより、友でいたい。その気持ちだけは本物だ」
その言葉を残し、鬼王は配下と共に去っていった。
静寂が戻る。
イエガンが、低く息を吐いた。
「……とんでもない話になってきたな」
ティナは頷きつつ、クロナを見る。
「選択次第で、世界の見え方が変わりますね」
クロナは、空を仰いだ。
力を示した先に現れたのは、さらなる戦いではなく、“選ぶ責任”。
「……ああ」
王であるということは、戦うことだけじゃない。
何と手を組み、何を守るのか。
その答えを出す時が、確実に近づいていた。




