【第251話:王威、凌駕の兆し】
激突は、もはや技の応酬ではなかった。
王威と王威が、互いの存在そのものを叩きつけ合う段階へと移行している。空間は歪み、地面は踏みしめられるたびに悲鳴を上げ、周囲の岩壁は衝撃だけで崩れ落ちていた。
イエガンも、ティナも、ただ見守るしかない。
介入など論外だ。視線を向けるだけで、肌が粟立つ。王同士の戦いは、同格でなければ“近づくこと”すら許されない。
鬼王が大きく踏み込み、腕を振るった。
空気が裂け、不可視の衝撃が奔流となってクロナを襲う。真正面から受ければ、城壁すら粉砕しかねない威力だ。
だが、クロナは避けなかった。
影が地を這い、翼がわずかに角度を変える。衝撃を受け止める瞬間、クロナの身体の内側で“何か”が噛み合った。
喰らうためではない。壊すためでもない。
――理解し、上書きする。
鬼王の一撃が、途中で失速した。
「……なに?」
鬼王の目が細まる。
力が削がれたわけではない。だが、意図した“重さ”が、確実に失われていた。王威そのものが、正面から解析され、無駄を削ぎ落とされたかのような感触。
「面白ぇな」
クロナは低く呟き、踏み込む。
一歩。
それだけで距離が消えた。
拳が突き出される。鬼王は防御に回るが、完全には間に合わない。影が先に入り込み、動きを僅かに遅らせた。
ドン、という鈍い音。
鬼王の身体が弾き飛び、地面を抉りながら後退する。先ほどまでの均衡が、明確に崩れた瞬間だった。
「……ほう」
鬼王は立ち上がり、口元を歪める。
痛みはある。だが、それ以上に、胸の奥が高鳴っていた。
クロナは攻めを緩めない。
翼を畳み、代わりに影を地面から噴き上げる。縛るためではない。踏み台として、加速の補助として使っている。
拳、蹴り、体当たり。
一つ一つは決定打に欠ける。だが、すべてが“次”へ繋がっている。鬼王の体勢、呼吸、力の流れ——それらを読み切った上で、最も嫌な場所へ叩き込んでくる。
「……っ」
鬼王が初めて、明確に後手へ回った。
強引に力を解放すれば押し返せる。だが、それをやれば、その瞬間をクロナは逃さないだろう。だからこそ、鬼王は選ばされている。
攻めるか、守るか。
そして、その選択肢そのものが、クロナの掌の上にある。
「王の戦い方じゃねぇな」
鬼王が言う。
「支配でも、蹂躙でもない」
「そうかもな」
クロナは息を整えながら、視線を逸らさない。
「俺は、負けねぇ戦い方しか選ばねぇ」
次の瞬間、クロナの影が一斉に収束した。
喰界王としての力が、無意識のうちに整理され、無駄なく束ねられている。暴食ではない。精密な制御だ。
鬼王は、それを見て、はっきりと笑った。
腹の底から、愉快そうに。
「はは……なるほどな」
鬼王は両腕を広げ、戦意を収める。
突然の変化に、空気がわずかに緩んだ。
「ここまでだ、クロナ」
名を呼ばれ、クロナは動きを止めた。警戒は解かないが、追撃はしない。
「どういうつもりだ」
「決まっている」
鬼王は一歩前に出て、堂々と告げた。
「気に入った」
その言葉には、試す色も、侮りもなかった。
「力だけではない。使い方、考え方、その在り方だ。末端が勝手に動いたのも無理はない。この力に、惹かれぬ者はいない」
鬼王は、クロナを真正面から見据える。
「俺は、お前を認める。王として、対等だ」
クロナは、少しだけ肩の力を抜いた。
「……そうか」
短い返事だったが、それで十分だった。
王と王が、互いを測り、ぶつかり合い、そして認め合った。
この一戦は、単なる衝突では終わらない。
ここから先の世界を、大きく動かす“契機”となる。
その予感だけが、重く、確かに場に残っていた。




