【第24話:誓いの夜】
――静寂。
それは、あまりに残酷な幕引きだった。
かつて笑い合った声も、差し伸べられた手も、今はもう届かない。
クロは膝をつき、月明かりの中で一人、血と涙に濡れていた。
自分の手に残る温もり。
それは、確かに彼女だったもの。
「……ミ゛ナ゛ァ゛……」
その名を呼んだ瞬間、クロの中で何かが弾けた。
感情が、記憶が、そして“力”が奔流のように体内を駆け巡る。
突如、クロの体を包む緑の光。
その光はただの魔力ではなかった。
森そのものの息吹。精霊の意思。ミナの想い。
その光の中で、クロの姿が変わっていく。
筋肉はしなやかに引き締まり、皮膚はより人に近く、しかし神秘的な翠の文様が全身を覆っていく。
瞳は深い緑に染まり、視界のすべてが“生きている”ように見えた。
「これは……俺の……」
草木がざわめき、空気が震える。
森が、彼に応えていた。
「自然が――答えてくれてる……?」
目の前にはリゼル。
未だ余力を残しながらも、予想外の変貌に警戒の色を強めていた。
「貴様……それは、精霊の力か……!」
クロは一歩、前に出る。
その瞬間――
「喰らえっ!!」
地を蹴ると同時に、彼の背後から巨大な樹木の根が咆哮のように躍り出た。
蛇のようにうねる蔦がリゼルの足元から飛び出し、動きを封じる。
空からは、鋭く尖った枝葉が槍のように降り注ぐ。
「逃がさねぇ……!」
リゼルが魔法で迎撃するも、クロの一撃は止まらない。
風が唸り、彼の手から放たれた一閃の“緑の刃”――それは、風と蔓の合成魔法のような自然の斬撃。
ズバァッッ!!
その刃がリゼルの肩を裂いた。
「ぐっ……このッ!」
「ミナの想いを、汚すなッ!!」
クロは吼えるように叫び、地面に手を突く。
その瞬間、地割れのように木の根がリゼルの足元を突き破り、巨大な拳のように打ち上げた。
リゼルの体が宙を舞い、木の幹に叩きつけられて崩れ落ちる。
それでも、クロは動かない。
とどめを刺す好機はあった――だが彼は、それを選ばなかった。
「……殺しても……ミナは、戻らない」
月明かりの中、静かにクロは立ち尽くす。
その瞳は、怒りでも悲しみでもない。
ただ、誓いを宿した者の目だった。
「貴様…やはり普通ではない…名を名乗れ…!」
瀕死のリゼルの問いに、クロは一瞬、目を閉じた。
(昨日までの弱虫なクロはもういない…これからはミナと共に生きていく…!)
そして、叫ぶ。
「――クロナだ! ミナの想いを継ぐ者として、俺はここに立つ!」
その声が、森全体に響いた。
風が唸り、大地がうねり、リゼルの足元を縛り上げるように草木が蠢いた。




