【第248話:王域衝突、空を砕く重圧】
踏み込んだ瞬間、世界が揺れた。
正確には、大地が悲鳴を上げたのだ。クロナと鬼王、その二つの質量と力が真正面からぶつかった結果、足元の岩盤が音を立てて沈み込み、砂と破片が宙へと舞い上がる。
拳が交差する。
ただの殴り合いではない。互いに間合いを削り、呼吸を読み、次の一手を探るための衝突だ。重く、鋭く、そして速い。
クロナは鬼王の肩を打ち、鬼王は即座に肘を返す。直撃すれば胴が潰れる威力だったが、クロナは翼を畳むようにして受け流し、衝撃を地面へ逃がした。岩が粉砕され、砕けた破片が遠くへ弾け飛ぶ。
「……いい反応だ」
鬼王が低く笑う。
「王として座しているだけでは、こうは動けん」
「動いてなきゃ、守れねぇからな」
クロナは言葉少なに返し、間合いを詰めた。
黒翼が再び広がる。だが、それは飛ぶためではない。影を広く地に落とし、空間そのものを“掴む”ための動きだった。
鬼王の目が、わずかに細まる。
次の瞬間、鬼王の蹴りが放たれた。横薙ぎの一撃。空気を裂く音が遅れて届くほどの速さと重さ。クロナは正面から受けず、影を踏み台にするようにして上へ跳ねた。
蹴りが空を切り、背後の岩山が爆ぜる。
クロナは空中で身体をひねり、落下の勢いを拳に乗せた。
叩きつけられた一撃を、鬼王は両腕で受け止める。受け止めた、はずだった。
ズン、と重い音。
鬼王の足元が数歩分、地面ごと削られて後退する。
「……ほう」
鬼王は腕を下ろし、手の甲に走った浅い裂傷を見た。
「今のは……ただの力ではないな」
クロナは着地し、静かに息を整える。
自覚はある。今の一撃に、わずかだが“別の感触”が混じっていた。影が、力を増幅させたわけでも、相手を縛ったわけでもない。ただ、拳が届く“重さ”が変わった。
喰界王として喰らってきた力。
そこに、影の王の残滓が、自然に重なった。
意図したわけではない。それでも、確かに混ざった。
「……面白ぇな」
クロナは小さく呟く。
鬼王はその言葉を聞き逃さなかった。
「まだ、掴み切っていない力がある……か」
「さあな。俺も試してる途中だ」
言い終わるより早く、クロナは再び踏み込んだ。今度は直線ではない。左右に揺さぶりをかけ、影を引きずるように動く。鬼王は正面から迎え撃ち、拳と拳、膝と肘が何度もぶつかり合う。
衝撃のたび、空が鳴る。
遠く、城壁の上から見守るイエガンとティナは、言葉を失っていた。近づけば即死。援護など、考える余地もない。あれは、王だけが立てる領域だ。
鬼王が大きく息を吐き、距離を取る。
「……なるほど。貴様が“喰影王”を名乗る理由が、少し見えてきた」
「まだ名乗っちゃいねぇよ」
クロナは肩を回し、黒翼を揺らした。
「でも……悪くない響きだ」
風が強く吹き抜ける。
二人の影が、地面に長く伸び、重なり合った。
次の一撃は、これまでよりも深く踏み込むものになる。互いに、それを理解しているからこそ、ほんの一瞬だけ、間が生まれた。
王同士の戦いは、まだ序盤だ。
だがこの空の下で、確実に何かが形を成し始めていた。




