【第247話:王域の外、空を裂く一歩】
迎賓殿の床に走った亀裂が、静かに広がっていくのをクロナは見下ろしていた。破壊は最小限に抑えている。それでも、王同士の力がぶつかれば、城が無事で済むはずがない。
鬼王も同じ結論に至ったのだろう。足元のひびを一瞥し、低く息を吐いた。
「ここまでだな。この先は、城が持たん」
「同感だ」
クロナは短く答え、背後を振り返った。
イエガンとティナが控えている。二人とも、今の攻防に一切手出しできなかったことを理解していた。だからこそ、余計な言葉はない。
「クロナ様」
ティナが一歩前に出かけ、しかし止まった。
「城外へ出られるのですね」
「ああ。ここから先は、王同士でやる」
それだけで十分だった。ティナは深く頷き、影ではなく視線だけで見送る覚悟を示す。イエガンは拳を胸に当て、短く頭を下げた。
「……御武運を」
クロナは軽く手を上げ、鬼王へと向き直る。
「案内はいらない。広い場所でやろう」
「ほう、我が国の地理も読んでいるか」
鬼王はそう言いながらも、不快そうな様子は見せなかった。むしろ、楽しげですらある。
二人は同時に歩き出した。
城門を抜けた瞬間、空気が変わる。遮るもののない空、遠くまで続く岩場と大地。ここなら、遠慮はいらない。
鬼王が足を止め、振り返る。
「ここでよいか。これ以上進めば、民の生活圏に近づく」
「十分だ」
クロナも歩みを止めた。
次の瞬間、何の合図もなく、鬼王が踏み込んだ。
大地が爆ぜる。
ただの踏み込みだ。だが衝撃は衝撃波となり、地面を走り、岩を跳ね上げた。鬼族の王が本気で動いた証だった。
クロナは後退せず、前に出た。
黒翼が広がり、風を裂く。その一歩は軽く見えて、重い。喰界王として積み重ねてきた力が、全身に均等に行き渡っている。
拳と拳がぶつかる。
空気が砕け、轟音が遅れて響いた。衝撃は上へ逃げ、雲が割れる。
城壁の上から見守るイエガンとティナは、思わず息を呑んだ。
あれは戦いではない。技の応酬でも、力比べでもない。
王域同士の衝突だ。
鬼王が一歩退き、口元を吊り上げた。
「城内より、ずっといい」
「だろ」
クロナもまた、わずかに笑った。
次の攻防は、さらに苛烈になる。拳、蹴り、体当たり。その一つ一つが、地形を変えるほどの圧を持つ。それでも互いに決定打を放たない。まだ、測っている。
だが――空の下に出たことで、枷は外れた。
クロナの影が、ゆっくりと地面に濃く落ちる。
鬼王はそれを見逃さなかった。
「……ほう。さっきより、空気が変わったな」
「気のせいじゃない」
クロナは低く答える。
「ここから先は、城を壊す心配がいらないだけだ」
次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
衝突音が、空へと突き抜ける。
王同士の戦いは、ついに制限のない舞台へと移った。ここから先、どこまで踏み込むか――それは、互いの覚悟次第だった。




