【第245話:王と王、測り合う視線】
大聖堂を模した迎賓殿の中央は、過剰な装飾を削ぎ落とした静かな空間だった。高い天井から差し込む光が、石床に淡く反射し、余計な影を作らない。そこは、意図的に“対等”が演出された場だった。
クロナは王座ではなく、同じ高さに設えられた椅子に腰を下ろしていた。背筋は伸び、腕は自然に膝へ。威圧も誇示もしない。ただ、王としてそこに在るだけの姿だ。
やがて、重い足音が響く。
扉が開かれ、鬼王が姿を現した。
人族よりも一回り大きな体躯。角は抑えめに整えられ、衣装は戦装束ではなく、王としての礼装だ。その歩みは堂々としていたが、無遠慮ではない。視線は真っ直ぐにクロナを捉え、逸らさない。
「……初めて相見えるな、グリムファングの王」
低く、腹の底から響く声。
クロナは立ち上がり、わずかに頷いた。
「鬼族を束ねる王か。遠路ご苦労だったな」
形式的な挨拶。だが、その裏では互いに一挙手一投足を観察している。
鬼王は一歩前に進み、深く頭を下げた。
「まずは詫びねばならぬ。我が配下の中でも、判断を誤った者たちが貴国に刃を向けた。王として、統治の不行き届きだ」
言葉は率直だった。だが、そこに含まれる感情は読み取りづらい。
クロナは、あえてすぐに答えなかった。
一拍の沈黙。
「謝罪は受け取る。被害は最小限で済んだ」
淡々と告げる。
「だが、それだけで終わる話ではないと、あんた自身も分かっているはずだ」
鬼王の口角が、わずかに上がった。
「……察しがいい。いや、王として当然か」
彼は顔を上げ、クロナを真正面から見据える。
「正直に言おう。私は興味を持った。喰界王にして、影の王。その二つを併せ持つ存在が、どのような“王”なのかをな」
空気が、わずかに張り詰める。
イエガンが半歩前に出ようとしたが、クロナは手で制した。
「言葉での探りは、ここまでで十分か?」
「そうだ」
鬼王は重く頷いた。
「謝罪は本心だ。だが同時に、私は知りたい。貴様が、我が国にとって“対話すべき王”か、それとも“いずれ越えねばならぬ壁”かを」
その瞬間、鬼王の足元から、圧が立ち上った。
殺気ではない。威嚇でもない。
純粋な――試す意思。
「ここで戦うつもりか」
クロナの声は低く、揺れない。
「無論、命までは取らぬ」
鬼王はゆっくりと腕を広げた。
「だが、力を見せてくれ。王として、背負うものに見合うだけの力をな」
クロナは、静かに息を吐いた。
影はまだ動かない。喰界王の力も、表には出ていない。
「……分かった」
一歩、前へ出る。
「王の興味を満たす程度なら、付き合ってやる」
その言葉に、鬼王は大きく笑った。
「よかろう! ならば――」
床を踏み鳴らし、鬼王が構えを取る。
「王同士の“挨拶”といこう」
迎賓殿の空気が、一気に変わった。
これは戦争ではない。だが、遊戯でもない。
王と王が互いを量るための、短くも濃密な一戦が、静かに幕を開けた。




