【第238話:鬼の評議、王を拒む角】
鬼族連山の最奥、黒鉄の柱が天へと伸びる大評議殿には、重苦しい空気が満ちていた。
円形に削られた岩盤の広間。その中央は空白のまま残され、周囲を囲むように鬼族の長たちが石座に腰を下ろしている。全員が角を持ち、全員が戦を生き抜いてきた顔だった。
その中央に進み出た一本角の使者が、金棒を床に突き立てる。
「喰影王クロナと、相対してきた」
低い声が、殿内に反響した。
最上段に座る老鬼が、すぐに問いを投げる。
「力はどうだ」
使者は、短く息を吐いた。
「……計れぬ」
その一言で、空気がざわめいた。
「計れぬ、だと?」
「喰界王の力と、影の王の力を併せ持つ。
だが、それ以上に――抑えている」
数名の長が、顔をしかめる。
「抑える?
それは脅しだ」
「いや……」
使者は首を振る。
「“選択”だ。
いつでも踏み潰せると、分かった上で踏み潰さない」
沈黙が落ちる。
やがて、別の長が低く笑った。
「それこそが危うい」
その言葉に、何人かが頷いた。
「力を誇示する王より、
力を隠す王の方が、よほど始末に悪い」
「喰影王……か」
別の長が唸る。
「喰らい、影を従え、群れを築き、国を名乗る。
その上で“侵さなければ侵さない”などと宣う」
鼻で笑う音が重なる。
最上段の老鬼が、杖代わりの骨棒を床に打ちつけた。
「その言葉を、我らは信じるべきか?」
使者は、即答しなかった。
そして、正直に答える。
「分からぬ。
だが、嘘ではないと感じた」
「感じた、か」
老鬼の声は冷たかった。
「鬼族は、感覚で国を預けぬ」
若い長が、前に身を乗り出す。
「今は侵さぬと言っても、
力が馴染み、王として完成した時はどうだ?」
「喰界王は、喰らって成長する。
影の王の力も、いずれ完全に掌握する」
「その先で、隣国が邪魔にならぬ保証はあるのか?」
その問いに、殿内は静まり返った。
使者は、拳を握った。
「……ない」
正直な答えだった。
「彼は王だ。
群れを守るためなら、躊躇なく喰うだろう」
その言葉が、決定打となった。
老鬼は、ゆっくりと立ち上がる。
「よい。
ならば我らの答えも決まる」
石座に座る長たちの視線が集まる。
「鬼族は、喰影王を“脅威”として認識する」
ざわめきが走る。
だが、誰も反論しなかった。
「即時の戦はしない」
老鬼は続ける。
「だが、備える。
境界を強め、連山を閉じ、喰影王の動きを監視する」
それは、鬼族にとって明確な意思表示だった。
敵ではないが、友でもない。
そして――王として歓迎はしない。
使者は、深く頭を下げた。
「……承知した」
殿を出る直前、老鬼は一言だけ告げる。
「喰影王に伝えよ」
「鬼族は、
“その王が越えてくる日”を、常に想定している、と」
連山を吹き抜ける風は冷たかった。
使者は、遠くグリムファングの方角を見やり、低く呟く。
「……王よ」
鬼族は、あなたを量った。
そして――
容易に並び立てる存在ではないと、結論づけた。
世界は、静かに歯車を噛み合わせ始めていた。




