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【第236話:帰国、牙の国の現在地】

 夜森を抜けた先に広がる景色は、クロナの記憶よりもはっきりと変わっていた。


 見張り塔が増えている。

 ただの木組みではなく、牙獣の骨と硬木を組み合わせた頑丈な造りだ。塔と塔の間には索道が張られ、夜でも合図が行き交う仕組みになっている。


 クロナは歩みを止め、しばしその光景を見渡した。


 「……ずいぶん、整ったな」


 呟きは独り言だったが、その背後でイエガンが深く頷いた。


 「クロナ様が不在の間、守りを最優先に整えました。

  外から見て“隙がない”と分かる形にしております」


 国境を越え、グリムファングの中枢へ向かうにつれ、変化はさらに明確になる。


 道がある。

 以前は獣道に近かった通路が、踏み固められ、一定の幅を保った“通り”になっていた。荷を運ぶ者、見回りを行う者、訓練に向かう若い戦士たちが、自然な流れで行き交っている。


 誰一人、怯えた様子はない。


 クロナは、その空気を肌で感じ取っていた。

 支配ではなく、定着。

 王がいなくとも、国が回っている感触。



 中枢の広場では、部隊長たちがすでに揃っていた。


 イエガンが一歩前に出て、正式に声を張る。


 「――喰影王クロナ様、ご帰還です」


 その瞬間、広場の空気が一段引き締まった。

 だが、膝を折る動きは最小限だ。恐れではなく、信頼による礼。


 クロナは軽く手を上げた。


 「楽にしてくれ。今日は報告を聞きに来ただけだ」


 最初に進み出たのは、爪部隊をまとめる者だった。


 「物資の流れは安定しています。

  夜森の外縁に小規模な採集拠点を三つ増設しました。

  備蓄は以前の倍、冬越えにも余裕があります」


 続いて、防衛担当が前に出る。


 「見張り網を二重化しました。

  影の兵が巡回する区画と、生身の戦士が巡る区画を分け、混乱を防いでいます」


 クロナは、そこでわずかに眉を動かした。


 「……影の兵を、もう使ってるのか」


 「はい。

  ただし、命令権はクロナ様の影にのみ紐付けております。

  我らが勝手に使うことはありません」


 その返答に、クロナは小さく息を吐いた。

 慎重だが、臆してはいない。



 最後に前へ出たのが、ティナだった。


 「交渉面ですが……周辺の小規模な群れから、接触が増えています」


 彼女は記録板を開き、淡々と続ける。


 「以前は恐れか敵意が主でしたが、現在は“庇護を求める”内容が中心です。

  喰影王の名が、すでに周辺に広がっています」


 クロナは、そこで初めてはっきりと国を見渡した。


 集落、見張り、行き交う者たち。

 どれもが、誰かの命令を待って動いているわけではない。


 「……俺がいなくても、ちゃんと育ってやがるな」


 その言葉は、満足でも自慢でもない。

 確信だった。


 イエガンが、少しだけ表情を緩める。


 「王が不在でも回る国。

  それこそが、クロナ様が築かれた基盤でございます」


 クロナは、広場の中央へ一歩進み出た。


 「いい報告だ」


 短く、だがはっきりと言い切る。


 「だったら、次は“外”だ。

  人族も、魔族も、異界も――もう無関係じゃいられねぇ」


 影が、彼の足元で静かに応えた。


 ここは、もう群れではない。

 牙を持つ国だ。


 喰影王の帰還を受けて、

 グリムファングは次の段階へ進み始めていた。

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