【第235話:白の大聖堂、王の名を携えて】
白い石畳は、夜の闇の中でも淡く光を返していた。
山腹をくり抜くように築かれた巡礼騎士団の大聖堂は、城塞とも神殿ともつかぬ異様な威容を誇り、どの国家の紋章も掲げていない。
クロナは、その正面階段の前で立ち止まった。
軍勢は伴わない。影の兵も、喰界の気配も、すべてを沈めたまま。
これは示威ではない。
“報告”だ。
背後にはイエガンが控え、一定の距離を保って立っている。
その視線は常に周囲を警戒していたが、剣に手をかけることはなかった。
大聖堂の扉は、音もなく開いた。
内部は広い。
高い天井を支える白柱の列、その奥に据えられた巨大な祭壇。壁面には祈りの文言が刻まれているが、特定の神名は避けられている。
ここは信仰の場でありながら、いかなる神にも完全には属さない。
巡礼騎士団の在り方そのものだった。
迎えに出たのは、白環の紋を刻んだ鎧を纏う巡礼騎士団の代表。
「お久しぶりです、クロナ殿」
敵意はない。
だが、敬意とも距離とも取れる、張り詰めた空気がそこにはあった。
クロナは一歩、祭壇へと進み出る。
「報告に来た」
声は低く、簡潔だった。
「俺は――喰影王となった」
大聖堂の空気が、わずかに震えた。
それは驚きではなく、事実を受け止めた反応だった。
白環の誓約者は、ゆっくりと祭壇前に膝をつき、石に手を触れる。
「……影界と喰界、双方の反応を感知しました」
目を伏せたまま、静かに言葉を続ける。
「二つの王権が一つに重なることは、世界にとって不安定要素です。
同時に――抑止力にもなり得る」
顔を上げ、クロナをまっすぐに見据えた。
「巡礼騎士団として、問おう」
「あなたは、“外へ喰らう王”ですか。
それとも――“境界を守る王”ですか」
クロナは、即答しなかった。
足元の影が一瞬だけ立ち上がり、石畳に触れる前に静かに沈む。
「喰うのは、脅威だけだ」
短く、しかし迷いのない声。
「俺の群れと、この世界の均衡を壊すなら――喰う。
それ以外には、牙を向けない」
巡礼騎士団の代表は、深く息を吐いた。
「……報告、確かに受理しました」
そして、白環の剣を床に突き立てる。
「巡礼騎士団は、喰影王クロナを
“同盟対象”として改めて認めます」
敵でも、味方でもない。
だが――無関係ではない。
◆
大聖堂を後にした後、石段を下りながらイエガンが静かに口を開いた。
「……野営地ではなく、この拠点に直接入られた意味。
あの方々も、理解したでしょうな」
クロナは、夜空に浮かぶ月を見上げる。
「連中は、世界の流れを見る」
一拍置いて、続けた。
「だからこそ、嘘も誇張も通じない」
巡礼騎士団への正式な報告は終わった。
王の名は、白の大聖堂に刻まれた。
次に動くのは誰か――
それを決めるのは、もはやクロナではない。
世界の側だ。




