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【第234話:王名の波紋、三つの外界】

 喰影王――その名は、風に乗って境界を越えた。

 声そのものが届いたわけではない。だが、世界のあちこちで“影の重さ”が変わったことで、多くの者が気づいた。


 何かが、生まれた、と。



 人族領南端、石壁に囲まれた小国の城塞。

 見張り台の兵士が、夜明け直後に異変を訴えた。


 「……影が、逆向きに伸びています」


 城壁の影は、太陽の位置に逆らうように、わずかに森の方へ傾いていた。錯覚にしては、揃いすぎている。


 報告を受けた老将は、無言で地図を見下ろした。

 夜森、ゴブリンの群れ、そして最近急に静かになった境界地帯。


 「……喰界王の噂は、誇張ではなかったか」


 誰にともなく呟き、老将は深く息を吐く。


 「いや……違うな。

  “王”が、増えたのだ」


 人族は、すぐに動かない。

 だが同時に、決して忘れない。



 魔族領、黒曜の塔。

 深層で儀式を行っていた上位魔族が、同時に動きを止めた。


 「……影界が、静まりすぎている」


 魔力の流れを読む者ほど、違和感は大きい。

 暴れもしない、拒みもしない影が、どこか一点を中心に整っている。


 「影の王……いや」


 別の魔族が、舌打ちした。


 「影“だけ”ではない。

  喰らう性質も混じっている」


 沈黙が落ちる。

 魔族にとって、“喰う”という概念は力であり、危険でもある。


 「面倒な王だな」


 そう言いながら、笑みを浮かべる者もいた。


 「だが……試さずにはいられん」


 魔族は、人族よりも早く動く。

 それが礼儀だと、彼らは思っている。



 異界との境界――名も持たぬ歪みの狭間。

 形を持たぬ存在たちが、ざわめいていた。


 『……影が……閉じた……』


 『……境界に、意志がある……』


 異界の者にとって、最も忌むべきものは“領域を持つ王”だ。

 自由に滲めない。侵食できない。


 『……喰らう……王……』


 『……避けるべき……だが……』


 影は、もう甘くない。

 試しに触れた存在が、二度と戻らなかったことが、ざわめきに混じっている。



 そして――グリムファングの夜森。


 クロナは、まだ知らない。

 だが影は、すでに知っていた。


 外で起きた反応を、影は歪みとして拾い上げ、静かにクロナの足元へと返している。


 「……来るな」


 クロナは、短く呟いた。

 根拠はない。ただ、確信があった。


 イエガンが一歩下がった位置で、静かに頭を下げる。


 「……国外、騒がしくなりましょうな。

  ですが……」


 一瞬、言葉を切り、続ける。


 「それは、クロナ様が王として認められた証でもあります」


 クロナは、影の揺れを踏みしめる。


 「……ああ。

  だったら、迎えるだけだ」


 戦でも、交渉でも、試しでもいい。

 喰影王は、もう隠れない。


 国外は、確かに動き始めた。

 それはまだ牙ではない。


 だが――

 牙が向けられる日は、そう遠くなかった。

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