表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

232/273

【第231話:影を踏み、牙を重ねる】

 外側の世界の夜は、静かすぎた。

 夜森を越えてなお、風は弱く、虫の声も少ない。まるで影そのものが音を飲み込んでいるようだった。


 クロナは歩みを緩め、周囲へ意識を広げる。

 敵の気配はない。だが、“何か”がこちらを避けている感覚だけが、薄く残っている。


 「……来ない、か」


 呟いた瞬間、足元の影がわずかに揺れた。

 否定ではない。警告に近い反応だった。


 クロナは立ち止まり、腰を落とす。

 喰界王としての感覚を抑え、意識を影へと寄せていく。喰らう力ではなく、影の在り方を“感じ取る”ように。


 ――どこだ。


 問いかけに応じるように、影が細く伸びた。

 地面を這い、岩陰へ、さらにその奥へと静かに続いていく。


 「……案内してるな」


 クロナの口元が、わずかに歪む。

 命令していない。だが、影は最適な距離を保ち、過剰にも不足にもならず、情報だけを差し出してきている。


 後方で、イエガンが息を潜めた。


 「……クロナ様。前方、影の密度が異常です」


 「分かってる」


 クロナは短く答え、影の伸びる先を見据えた。


 次の瞬間、闇が跳ねた。


 地面から立ち上がるように現れたのは、獣の形をした影の集合体だった。輪郭は曖昧だが、牙と爪だけははっきりしている。夜に溶けきれなかった、外側の世界の残滓。


 「……雑魚、ってわけでもねぇな」


 影獣は唸りもせず、一斉に距離を詰めてくる。

 速い。だが、動きは単調だ。


 クロナは跳ばない。

 迎撃の姿勢も取らない。


 ただ、足元の影へ意識を落とした。


 次の瞬間、クロナの影が“立ち上がった”。


 黒い面が地面から盛り上がり、獣の進路を塞ぐ。

 衝突。影獣の動きが一瞬、鈍った。


 「……止まる、のか」


 驚きは、ほんの一瞬。

 すぐに理解が追いつく。


 影は、影に干渉できる。

 だがそれは、力で押さえつけた結果じゃない。


 “影としての優先権”を、クロナが持っているだけだ。


 「……なら」


 クロナは踏み込む。

 影獣の懐へ、一直線に。


 拳に集めるのは、喰界王の力。

 だが、狙いは影獣そのものではない。


 影だ。


 ドンッ、と鈍い衝撃。

 影獣の核となっていた影の束が砕け、霧のように散った。


 残った影は、逃げない。

 消えもしない。


 クロナの足元へ、自然に集まってくる。


 「……吸収、じゃねぇ」


 喰らってはいない。

 それでも影は、拒まず、従っている。


 イエガンが、静かに息を呑んだ。


 「……影が……クロナ様の影へ……」


 「……ああ」


 クロナは拳を開き、影の流れを感じ取る。


 喰界王の力は、獲物を選ばない。

 だが、影の王の力は違う。


 “影として成り立つもの”だけが、自然と残り、整えられていく。


 「……これが、洗練か」


 力を振るう感覚ではない。

 世界の一部を、自分の“影域”として扱う感覚。


 クロナはゆっくりと立ち上がる。

 影は足元で静まり、先ほどよりもはっきりと輪郭を持っていた。


 「……まだ荒いが」


 確かな手応えが、そこにあった。


 喰界王として喰らい、

 影の王として影に認められる。


 その二つが、ようやく同じ地平に立ち始めている。


 夜は、まだ終わらない。

 だが、影はもう、クロナの背を裏切らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ