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【第228話:影を従える者、群れの帰路】

 夜森の奥、外側の世界に広がる闇は、ようやく静けさを取り戻しつつあった。

 激しい戦闘によって裂けていた空間の歪みは収束し、砕かれた地面から滲み出していた不穏な影の流れも、次第に大地へと沈み込んでいく。ここはもはや喰界でも影界でもない。現実と地続きの世界であり、その闇もまた、本来あるべき姿へ戻ろうとしていた。


 クロナは、その中心に立っていた。


 足元に落ちる影は、以前よりも明確に“重い”。光を拒むような濃さではなく、意志を宿したかのような密度。それが自分自身の影であると、クロナは否応なく理解させられていた。


 影の番人だった存在は、すでに敵ではない。


 黒い輪郭だけを残し、地面と一体化するように沈黙している。それは消えたのではなく、取り込まれ、縫い留められ、命令を待つ“影の兵士”として在る状態だった。


 「……本当に、従っている、か」


 クロナは小さく呟いた。

 声に確信はあるが、完全な納得はまだない。喰界王の力で喰らい、影の王の力で縛る。その流れ自体は理解している。しかし、影の番人ほどの存在が、ここまで抵抗なく沈黙している事実は、想定していた一線を越えていた。


 影が、わずかに揺れる。

 命令を求めるような反応だった。


 「……今は出てくるな。必要になったら呼ぶ」


 影は即座に静まった。

 従属は完全で、迷いはない。その様子に、クロナは無意識のうちに息を吐いていた。驚きと同時に、背筋を撫でるような冷たい感覚が残る。自分はどこまで踏み込んだのか――その問いを、クロナはまだ言葉にしない。


 少し離れた場所で、イエガンが周囲を警戒していた。

 牙部隊長としての役目は、戦闘が終わった後こそ重要になる。森の気配、影の流れ、敵意の残滓。そのすべてを確かめながら、イエガンは慎重にクロナのもとへ近づいた。


 「……クロナ様。周囲に新たな反応はございません」


 「そうか」


 短く応じ、クロナは黒翼をゆっくりと畳んだ。

 翼が影へと溶けると同時に、空間を覆っていた圧迫感が一段落ちる。夜森は、ようやく“戦場”ではなくなりつつあった。


 イエガンは、足元の影へ一瞬だけ視線を落とす。

 そこにかつて番人だった気配があることを、彼も感じ取っていた。


 「……影の番人は、完全に?」


 「取り込んだ。だが――使うのは、必要な時だけだ」


 クロナの言葉は淡々としていたが、その奥には明確な慎重さがある。力を誇示するための兵ではない。群れを守るための切り札として、封じる覚悟だった。


 イエガンは深く頷いた。

 その判断が軽くないことを、彼はよく分かっている。力を得るほど、背負う責任も増す。それを理解した上で立っているからこそ、今のクロナは群れの長として揺らいでいなかった。


 影の兵士は、命令もなく完全に地へ溶けていく。

 常時展開する必要はない。存在そのものが、すでにクロナの影の一部となっていた。


 「戻るぞ」


 その一言で、場は締まった。

 群れの長としての声だった。


 夜森を抜け、外側の世界を進む帰路。

 クロナの影は、以前よりも深く、はっきりと大地に刻まれている。それは力の増大を示す証でもあり、同時に、未知の領域へ踏み込んだ証でもあった。


 ――影の王の力。

 その片鱗は、確実にクロナの内側で息づき始めている。


 それが群れを守る盾となるのか、それとも新たな試練を呼ぶのか。

 答えはまだ、夜の先にある。


 クロナは前を見据え、歩みを止めなかった。

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