【第225話:影の従属、揺るがぬ進軍】
影の番人が従属し、静かに膝をついた余韻がまだ残る闇の広間。
クロナは深く息を吐き、自分の胸奥で脈動する“影の王”の力を確かめるように手を握った。完全ではない。むしろ片鱗にすら届かない微量──しかし、それでも異質で強大な何かが確かにそこにある。
ティナが一歩、クロナの横に寄った。
「クロナ様、意識はまだ安定していますか?」
「ああ……大丈夫だ。俺の意思の範囲内で収まってる。今のところ、な」
軽く笑おうとしたが、完全には形にならなかった。
ティナはその曖昧な揺れを読み取ったように、クロナの横顔をじっと見つめる。
「影の王の力は、魂の奥に干渉する類いのものです。片鱗とはいえ……油断は禁物です」
「分かってる。……だけど、使うしかない」
その言葉に、ティナは小さく頷いた。
“外側の世界”はただでさえ不安定で、状況は刻一刻と悪化している。立ち止まる余裕などない。
遠くで、影の番人が新たに生まれた使命を静かに受け入れていた。
以前とは異なる光──いや、暗さ──を宿した瞳がクロナへと向けられている。
「クロナ様、命令を」
影の番人の低い声が響く。
「……前へ進む。次の層へ向かうぞ。案内できるな?」
「御意。影の王の眷属として、影道を開きましょう」
影の番人は床に手を触れた。
瞬間、黒い水面のような影が波紋を広げ、奥へ奥へと続く道が形成されていく。
ティナが目を細める。
「異常……ですが、安定しています。影の王の力と、番人の影域が噛み合っているようです」
「都合がいいなら、そのまま使わせてもらう」
クロナは歩みを進めようとしたが──
足元の影がわずかに盛り上がり、まるでクロナに呼応して揺れた。
見間違いではない。明確に“従う”動きだった。
「……今の、俺がやったのか?」
「はい。クロナ様の影が……少しだけ、王の形を取り戻しているのかもしれません。まだ危険域ではありませんが」
「危険域か……それは避けたいな」
軽口を返しながらも、クロナの胸中には別の感覚があった。
まるで影そのものが意思を持ち、クロナに寄り添うように動いている。
召喚でも支配でもない。もっと根源的な──帰巣のような感覚。
その正体が何であれ、今は進むことが優先だ。
「よし……行くぞ。ティナ、ついて来い」
「もちろんです、クロナ様」
二人は影の番人が開いた“影道”へ足を踏み入れる。
闇が波打ち、空間がねじれる。
まるで世界そのものの裏側を歩いているような、不思議な浮遊感が身体を包む。
ティナが声を潜める。
「影の番人が倒されたことで、ここを支配していた防壁の一つが消えています。深層へ近付いていますね……」
「なら次は、もっと厄介なやつが出てくるってことか」
「はい。それはもう、確実に」
クロナは前方を見据えた。
影の番人は従属した。
影の王の力は“片鱗”とはいえ確かに目覚めつつある。
だが──喜ぶにはまだ早い。
この“外側の世界”の奥底には、もっと深い闇がいる。
王を名乗ることを赦さないほどの深淵が。
「来いよ……お前が何であれ、俺は喰らって前へ進む」
その呟きは静かだったが、
影道そのものがわずかに共鳴し、黒い波紋が走った。
クロナの歩みは止まらない。
ティナもまた黙って隣を歩き続ける。
そして──
影道の先、黒い門のようなものが姿を見せ始めていた。
深層の入口が、ついに開く。




