【第224話:黒影の従属、番人の墜ちる音】
砂嵐が渦を巻き、影の番人の巨体が黒砂をこぼしながら揺れた。
もう形を維持できていない。だが、最後の抵抗といわんばかりに全身の影を収縮させ、中心に集めていく。
クロナは砂の渦の中で足を止め、深く息を吸った。
喰界王の力が拳の奥で重く脈動し、背中の影が静かに揺れている。
(……これで終わらせる)
影の番人の胸の中心――黒い核が脈打ち、砂が鮮明に震えた。
それは核というより、“影の心臓”と呼ぶべきものだった。
ティナが息をひそめる。
「クロナ様……影の圧が、強まっています……気をつけてください……!」
イエガンも身構えたまま叫ぶ。
「今が隙にございます! 御身、どうか一撃を!」
クロナは一歩、踏み出した。
砂を押し分け、影の渦を突き抜ける。
影の番人が吠えた。
その咆哮は砂を震わせ、空間そのものを裂くような重さを持っていた。
だが――クロナは止まらない。
黒翼が大きく広がる。
影がその軌道に沿って波となり、拳へと流れ込む。
「……喰らわれたいなら――来いよ」
次の瞬間、影の番人はすべての腕を一点へ伸ばし、クロナを貫くように襲いかかった。
だが。
クロナの足元の影が、勝手に“跳ねた”。
影の王の残滓が、また一瞬、クロナを押し上げる。
その推進が、限界ぎりぎりの速度をさらに押し広げた。
砂嵐を切り裂き、黒い連撃を煙のように置き去りにする。
クロナの拳が影の番人の核へと迫る。
「――終いだ!」
轟音が走った。
黒核が割れ、内部から影の奔流が噴き出した。
番人の巨体が崩れ落ち、砂の壁のように砕けていく。
ティナが思わず声を漏らす。
「……核が……砕けています……!」
影の番人は最後の力を振り絞るように、黒砂の形を保とうとした。
だが、その影はすでに揺らぎ、核の破片に吸い寄せられている。
クロナは、胸の奥の感覚に気づいた。
影の王の残滓が、別の力を欲して揺れている。
(……取り込めってのか)
それが何を意味するか、クロナには分かっていた。
影の王の“従属”――影の兵士化。
クロナは崩れゆく影の番人へと手を伸ばした。
「……お前の力、無駄にはしねぇ。来い」
黒砂が風に溶けるようにクロナの影へ吸い込まれていく。
影がわずかに震え、その奥で何かが形を成し始める。
ティナが驚きに目を開く。
「クロナ様……! 影が、番人の残骸を……!」
「従属させておられるのか……っ」
イエガンも息を呑む。
影の番人は最後に少しだけ人の形へ近づき――そのまま、完全に影の底へ沈んだ。
黒い揺らぎが収まり、クロナの影の中に“新しい影の兵士”が生まれる。
クロナは短く息を吐き、拳をほどいた。
「……よし。ひとまず、一体目は……これでいい」
影が静かに揺れた。
まるで従属した番人が、主へ忠誠を示すように。
ティナが目を伏せ、安堵の息を漏らす。
「……お見事です、クロナ様……」
イエガンも深く頭を垂れた。
「これで、外側世界の脅威がまた一つ……御身の力となりましたな」
クロナはただ前を見据える。
影の兵士が一体生まれたところで、この世界の脅威が消えたわけではない。
「……次が来る前に、進むぞ。まだ入口だ」
影がクロナの足元で揺れ、影の番人の残滓が静かに従う。
外側世界の闇は、まだ奥へと続いていた。




