【第222話:影の震え】
影の番人の腕が地面を抉り、黒い砂が爆ぜた。
衝撃の余波だけで視界が歪み、外側世界の空気がざらついた振動をまとって震える。
クロナはその一撃をかすめる形で身をひねり、影を踏み込むようにして横へ跳んだ。
次の瞬間、足元の影がわずかに“押し返す”ような感触を伝えてくる。
――これが影の王の力の一端か。
クロナは眉を寄せるが、思考を挟む暇はない。
影の番人が二撃目を振り下ろしてきたからだ。腕というより、巨大な影の柱。
地形そのものを潰す質量が黒い稲妻のように走る。
クロナは跳ぶ。
だが、跳んだ瞬間――影がふっと“背中を押した”。
ほんのわずか、だ。
けれど動きが一段階軽くなり、身体が想定以上の軌道で加速した。
クロナは空中で息を呑む。
(……まだ実戦で使うには早い段階だが)
ティナの声が震えながらも届く。
「クロナ様! 影圧が強すぎて……クロナ様の影が反応しています!
制御はされていませんが、攻撃や移動を補助している状態です!」
「……補助だけなら、悪くねぇな」
クロナは着地と同時に影を踏みしめた。
すると影がざわりと広がり、踏み込みに合わせて“跳ねる”。
完全に意図した動きではない。
ただ、影の番人が放つ圧に対して、クロナの影――影の王を喰らった際の残滓が共鳴して反応しているだけだ。
影の番人が咆哮した。
黒が渦を巻き、三本の腕が同時に伸びる。
一本は地面を裂く横薙ぎ。
一本は空からの叩きつけ。
もう一本は槍のようにまっすぐ突き刺さってくる。
「……来いよ」
クロナは踏み込む。
影がまた跳ねる。
予期せぬ加速が生まれ、横薙ぎの腕を紙一重で抜け、そのまま真正面の突き刺しを空中で回転して回避した。
ティナが息を呑む。
「今の軌道……クロナ様だけの技じゃありません……影が……!」
「勝手に暴れるな……! けど使わせてもらう!」
クロナは空中で拳を握った。
喰界王の力が骨の芯でうなり、影がそれに重なるように揺らぐ。
“影の王”の力とは言えない。覚醒も再現もしていない。
――ただの、残滓。
だが、戦いの最中に限って言えば、その残滓が十分な補助になる。
クロナは拳を振り下ろした。
影の番人の腕と衝突する瞬間、足場にした影がもう一度跳ね、力を後押しする。
ドガァッ!!!
黒い衝撃が爆ぜ、影の番人の腕が大きく弾かれた。
巨体がわずかに怯み、砂地が震える。
「片鱗が、反応しているだけです……!
ただし今だけ、です!」
ティナの言葉にクロナはうなずく。
「十分だ。今だけでいい」
影がクロナの足元で揺れ、戦いの鼓動に合わせて脈動した。
その片鱗は――確かに力として役立っていた。
あくまで“今の戦いに限り、偶然引き出されているだけ”の微細な支援。
クロナは影の番人を見据え、息を吸った。
「さあ……ここからが本番だ」
影が跳ね、砂地が震え、番人が再び腕を構える。
戦いはまだ終わらない。
だが、確実にクロナが食い込む速度は増していた。




