【第221話:影王の片鱗、揺らぐ黒い手】
影の番人が立ち上がると同時に、空気が一度だけ波打った。
音ではなく、気配が揺れる。
まるで、こちらを測るような冷たい気配。
クロナは黒翼を広げ、番人の正面に立った。
「こいつ……ただの影の塊じゃねぇな」
ティナが影を読んで頷く。
「はい……核に近い存在ほど、意志に近い“形”を持ちます。
これは……外殻部を守る、“格”のある影です」
イエガンは剣を握りしめ、低く構えた。
「御身……どうかお気をつけて……」
番人が揺れる。
次の瞬間、影が鋭い槍のような形となってクロナへ突き出された。
空気が裂ける。
クロナは一歩踏み込み、影をかすめるように横へ跳んだ。
黒翼が風を切り、その反動で番人との距離を詰める。
「鈍ぇ攻撃じゃ、当たんねぇっての!」
拳が影の腹へ叩き込まれる。
衝撃で影の塊が大きく揺れ、体勢を崩した。
だが——すぐに戻る。
影は形を保ち、むしろ攻撃に合わせて強く脈打った。
「……やっぱ簡単じゃねぇな」
クロナが距離を取ったその瞬間。
番人の影が地面へ広がり、周囲の床一面を真黒に染めた。
ティナの顔が青ざめる。
「クロナ様、気をつけて! それは“包囲影”です!
対象を影の中に引きずり——」
ズルッ。
クロナの足元が沈んだ。
「——っ!」
床ではない。
影そのものに足を掴まれ、引きずり込まれようとしている。
イエガンが叫ぶ。
「クロナ様!!」
クロナは全身に力を込め、足を引き抜こうとする。
だが影の粘りが強く、動きが鈍る。
「……ちっ、しつけぇ……!」
その瞬間だった。
クロナの影が、勝手に動いた。
地面に広がった黒が、クロナの足元から“逆流するように”持ち上がり、まるで巨大な手のように形を変える。
「……は?」
クロナは自分の影を見下ろし、思わず動きを止めた。
影の手は、番人が広げた包囲影を掴むように締め付けた。
ギュウッと押し戻され、番人の影が歪んで縮む。
ティナが息を飲む。
「……っ、クロナ様……それ……!」
イエガンは驚愕で固まったままだった。
「クロナ様の影が……意思を……?」
クロナは困惑のまま影を見る。
影の手は、クロナの意思とは別に動き、敵の影を押し返している。
「待て……俺、こんな……」
自分の影が、自分以外の“意志”で動く。
そんな経験は一度もなかった。
胸の奥で、何かが脈打つ。
——これは、“影の王”の力。
喰らった時、確かに吸い込んだ強烈な存在。
その片鱗が、ようやく目を覚ましたのだ。
クロナは震える手で影の手に触れた。
「……おい。
俺の勝手に……動くなよ」
そうつぶやくと、影の手はゆっくりと形を崩し、足元へ戻っていった。
番人は体勢を立て直し、揺れながら一歩前へ進む。
クロナは深く息を吸い、拳を握る。
影の手の余韻が腕に残っていた。
「……驚かせやがって。
けどまあ……悪くねぇ」
黒翼が開く。
番人が震える。
ティナが後ろで息を整え、イエガンが剣を構える。
クロナは笑った。
「片鱗でも……これだけか。
ならもっと使いこなしてやるよ」
影が吠え、番人が黒い雫を落とす。
決戦前の静かな間。
そして——
クロナは再び前へ踏み込んだ。
影王の片鱗を宿した黒翼が、空気を裂いた。




