【第220話:深影の門、核心へ沈む】
幻層の森を抜けると、空気が一変した。
澄んでいるわけでも、重いわけでもない。
ただ、世界そのものが“止まった”ような、静かすぎる気配。
クロナは足を止め、前方を見据えた。
森の終端には、大きな“裂け目”があった。
地面でも壁でもない。
空間そのものが縦に裂かれ、黒い霧が滲み出している。
ティナはその裂け目を見て、息を呑む。
「……ここが……幻層の“門”……。
中心に続く入口です」
イエガンが影を警戒しながら問う。
「この中に……“核”が?」
ティナは小さく頷いた。
「ええ。幻層という世界そのものを動かす、影の中心……
触れれば、おそらく……常識では測れない何かが待っているでしょう」
クロナはその言葉にも動じず、一歩前へ踏み出した。
「常識なんざ、もう腹いっぱいだ。
行くしかねぇだろ」
裂け目に近づくにつれ、影がクロナの周囲にまとわりついた。
拒む気配ではない。
むしろ、クロナの足を先へ促すように流れていく。
ティナはその様子を見つめながら、静かに言った。
「……クロナ様の影と、門の影が……同調しています。
まるで、招かれているみたいです」
イエガンは拳を握りしめる。
「ならば、なおさら……我らも同行いたします。
クロナ様をお一人で行かせるわけには……!」
クロナは短く笑う。
「もちろん連れてく。
俺ひとりじゃ面白くねぇからな」
その一言に、ティナとイエガンの表情がわずかに緩む。
クロナが裂け目へ足を踏み入れた瞬間——
空間が低く震え、景色が裏返るように揺れた。
光が反転し、影が形を変え、視界を包む。
次の瞬間、三人はまったく別の場所に立っていた。
そこは“空間”というよりも、巨大な影の洞窟だった。
天井はなく、代わりに漆黒の空が揺れている。
地面は柔らかく、影が液体のように波打ちながら形を保っていた。
クロナはゆっくりと周囲を見渡す。
「……ここが、核の部屋か」
ティナは足元の影を見つめ、震える声で言った。
「違います……この広さ……この構造……
ここは核そのものの“外殻部”……中心は、もっと奥です」
イエガンの喉が鳴る。
「奥……どれほど深いのだ、この世界は……」
クロナは歩みを進める。
影が足元で左右に分かれ、道を作っていく。
まるで巨大な生物の内部を進んでいるような感覚。
奥へ、さらに奥へ。
進むたびに、影の気配が濃くなり、鼓動のような震動が近づいてくる。
「聞こえるか……?」
クロナが呟く。
ティナも耳を澄ませた。
「……はい。中心の脈動が、はっきりと……」
イエガンは静かに剣に手を添えた。
「来ます……何か……!」
次の瞬間。
影の床が大きく波打ち、前方に巨大な“影の塊”が立ち上がった。
輪郭は揺れ、形は曖昧。
しかし、確かに“敵”の気配を帯びている。
クロナは黒翼を広げ、口元をわずかに歪めた。
「やっと出てきたな。
道の番人ってとこか……」
ティナが緊張を強め、イエガンが構える。
影の番人は、無音のまま迫ってきた。
クロナの影が、応じるように燃え上がる。
「邪魔すんなよ。
奥が呼んでんだ」
黒翼が開き、闇が走った。
決戦の門を開く戦いが、いよいよ始まろうとしていた。




