【第215話:崩壊の向こう側、残された影】
砕け散った黒核は、空間に溶けるように消えていった。
眩い光ではない。ただ、重たく沈殿していた闇が、ゆっくりとほどけていくような感覚だけが残されていた。崩壊し続けていた内側の世界は、音もなく静まり返り、まるで暴れ疲れた獣が眠りについたかのようだった。
クロナは、そこに立っていた。
足元に影の感触はない。上下の感覚も、境界も、すでに失われている。それでも身体は落ちなかった。喰界王の力が、無意識のうちに場を支え続けていた。
呼吸は、乱れていない。
胸の奥では熱がくすぶり続けていたが、それはもはや暴走ではなく、一つの“重み”として馴染みつつあった。
消えかけていた空間の端で、イエガンが膝を突いていた。
残った闇に身体を縛られたように動けず、それでも視線だけはクロナに向けていた。破壊された余波は、彼の身体にも深く食い込んでいる。
「……ご無事で……何より……です……クロナ様……」
声はかすれていたが、そこにあったのは安堵だった。
ティナの姿は、少し離れた場所にあった。
崩れかけた空間の縁に足を踏ん張りながら、両手で影を押さえつけている。その表情は静かで、どこまでも落ち着いていた。
「……戻れる……道は……まだ……残っています……」
クロナは何も言わなかった。
ただ、視線をゆっくりと巡らせた。
そこには、もう敵の姿はない。ただ、消えきれなかった黒い残滓が、霧のように漂っているだけだった。それはかつて“本体”だった名残であり、完全に消えきれなかった執念のようでもあった。
クロナは、歩き出した。
足場のない空間を踏みしめるように、一歩ずつ、確かに前へと進んでいく。そこに道はなかったが、影が自然と足元を形作っていく。
残滓が、ざわめいた。
消えかけた闇が集まり、かろうじて形を成そうとする。何かを伝えようとするように。
『……まだ……終わりでは……ない……』
かすれた声が、空間に残響する。
『……外側……まだ……残って……いる……』
それが遺言なのか、呪いなのかは分からない。ただ、その言葉は確かにクロナの内側に沈み込んでいった。
クロナは立ち止まった。
ほんの一瞬だけ、振り返る。
「……ああ。知ってる」
声は低く、短く。
だが、その響きには一切の迷いがなかった。
ティナは、その背中を見て小さく息を整えた。
イエガンは力なく笑いながら、かろうじて頷いた。
闇は、ゆっくりと霧散し始めていた。
この世界は役目を終えようとしている。それでも、完全に消える前に、一つだけ確かな“道”が形を成し始めていた。
外側へと続く、歪んだ裂け目。
そこから先に待つものは、まだ誰にも見えていなかった。
だが、影は告げていた。
戦いは、まだ終わっていないと。




