【第214話:裂けゆく核、闇に墜ちる胎動】
黒核の内側で、何かが壊れ始めていた。
音はなかった。だが、確かに“断たれる感覚”だけが空間に満ちていく。ひび割れた表面はもはや閉じることを諦めたかのように歪み切り、内部で幾重にも重なっていた影が引きちぎられていく。
クロナの影は、すでに深くまで入り込んでいた。
拳から流れ込んだ闇は、黒核の中心に根を張るように広がり、喰界王の力とゆっくりと同調していく。暴走ではない。奪うのでもない。ただ、確実に“上書き”していた。
黒核は、初めて混乱した。
『……なぜ……抗わぬ……喰われるはずの……存在が……』
内側から響く声は、もはや威厳を失っていた。空間に干渉する力も弱まり、崩壊は加速していく。床も天井も消え去り、上下の概念は完全に失われていた。
クロナは拳を握ったまま、静かに呼吸を整えた。
熱はある。だが、それは制御の外にある熱ではなかった。自分の血と同じ速度で、同じ強さで、身体の内側を巡っている。
クロナは、さらに一歩踏み込んだ。
すでに足場は存在していない。だが影が足の裏を支え、空間に仮初めの「地面」を描き出す。黒翼が一度だけ大きく広がり、闇を搔き集める。
黒核の内側で、何かが崩れ落ちた。
それは肉でも殻でもなく、“核であるという概念”そのものだった。中心が空洞になり、そこから黒い奔流が外へと噴き出していく。
『……崩れる……我が……胎……』
声は震え、途切れ、形を失っていく。
イエガンは遠ざかりゆく視界の中で、必死に体勢を保っていた。あと一歩でも踏み出せば、闇に呑まれると理解していながら、視線だけはクロナから外さなかった。
「……クロナ様……!」
名を呼ぶ声は、崩壊する世界の中でかろうじて形を保っていた。
ティナは祈るように両手を握りしめていた。
影は静かに揺れ、主の帰還を信じ続けている。その心は一切ぶれていなかった。ただ、そこにあるのは純粋な信頼だけだった。
クロナは黒核の中心に手を突き入れた。
腕の半分ほどまで、闇の内部へと沈めていく。熱も、痛みも、もはや意味を持たない。この一撃が終われば、全ては――決まる。
「……終わりだ」
声は、小さく。
だが、確かに黒核を貫いた。
喰界王の力が、一気に解放される。
内と外の境界が消え、核という存在そのものが崩れ始めた。圧縮され続けていた闇が行き場を失い、空間へと爆発的に拡散していく。
黒核は、叫ぶことすらできなかった。
ただ、砕けていく。
自分という“意味”を失いながら。
そしてその中心で、クロナの影だけが――静かに脈動し続けていた。




