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【第213話:崩れゆく鼓動、闇に咲く爪痕】

世界が、悲鳴のような音を立てて歪んだ。


クロナの拳が空を裂き、黒核へと迫った瞬間、空間全体が内側から潰れるように収縮を始めた。砕けた床は粒子となって宙へ舞い、壁だったはずの残骸が黒い霧へと変質していく。そこにあったはずの「場」という概念が、急速に形を失い始めていた。


黒核は、拒むように脈打った。


ひび割れた表面が逆流するように閉じかけ、どす黒い光が内へ内へと引き込まれていく。その中心に、無数の“目”のような紋様が浮かび上がり、クロナの存在を明確に捉えていた。


『……喰うか……それとも……喰われるか……』


声は音ではなく、直接骨を撫でるように響く。


クロナはその声を無視するように、さらに踏み込んだ。背中の黒翼が空間を叩き、影が爆発するように広がっていく。喰界王の力が血管の内側でうねり、腕の輪郭がわずかに歪んだ。


クロナは理解していた。


この一撃が届かなければ、もう次はない。


イエガンは砕けかけた足場に踏みとどまりながら、歯を強く噛み締めていた。崩壊する空間の中で、なおも影がクロナの背を追い続けている。それでも身体は動かなかった。


「……どうか……生きて……お戻りください……クロナ様……」


ティナは声を上げなかった。


叫べば崩れると理解していたからだ。喉の奥で祈るように名をなぞるだけで、影が足元で静かに揺らいでいる。


そして――


拳が、触れた。


黒核の表面に、クロナの拳がめり込む。


その瞬間、音が消えた。


衝撃も、爆発も、悲鳴もない。ただ、黒と赤の光が世界を塗り潰し、輪郭という輪郭が曖昧になる。


クロナは拳を離さなかった。


喰界王の力が、解き放たれる。


それは暴走ではなく、意志を持った“喰い殺し”だった。黒核の内部へと影が流れ込み、ひび割れの奥へ、さらにその奥へと喰い込んでいく。


黒核は、初めて震え上がった。


『……やめ……ろ……それは……』


拒絶の言葉は、途中で掻き消えた。


クロナは腕を引き抜かない。


影が、根を張るように内部へと絡みついていた。


空間が、限界を超え始める。


崩落はもう止まらない。床はなくなり、壁は消え、上下の感覚すら曖昧になっていく。


それでもクロナは動かなかった。


クロナは、黒核を睨み続けていた。


「……終わらせる」


低く、確かに。


その声は空間に響くことはなかった。


だが、黒核ははっきりと理解した。


内部から裂けるような感覚が走る。ひび割れは再び広がり、そこから光ではなく“闇そのもの”が漏れ出し始める。


崩れた世界の中で。


ただ一つ。


黒核だけが、逃げ場を失っていた。


そして、クロナの影は、すでにその中心にまで――届いていた。

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