【第208話:鼓動の間、黒い胎動】
裂け目の奥へ進むと、空間の気配が変わった。
静かすぎた空気が、ぬるく、重く、まとわりついてくる。
床は脈打つように波打ち、壁は粘ついた黒で覆われている。
まるで巨大な心臓の内側だった。
クロナは肩を鳴らすように首を回した。
「……やっと核心ってやつか」
背後で、小さく息を吸う音。
「はい、クロナ様……ここは影界の“鼓動部”かと存じます」
ティナは慎重に足を運びながら、周囲を見ていた。
「この空間そのものが、生きております……」
イエガンも低く頷く。
「息遣いすら感じます……クロナ様。敵の本体……すぐ近くかと」
ドクン……
空気が震えた。
次の瞬間、床が大きくうねり、盛り上がる。
ズズズ……と音を立てながら、黒い柱のようなものがせり上がった。
その先に……“顔”があった。
人のようで、人ではない。
目は空洞。
口は裂け、縫い合わされた跡が走っている。
「……随分と、気持ち悪ぃな」
クロナはニヤリと笑った。
柱の表面から、無数の“影の手”が生えるように伸びてくる。
一斉に畳みかけるように襲いかかってきた。
「っ……!」
クロナは跳び、黒翼を大きく広げる。
空気を割り、一気に間合いを詰めた。
「どけぇぇ!!」
翼ごと突っ込み、影の腕をまとめて弾き飛ばす。
だが、すぐに再生する。
切っても、砕いても……止まらない。
ティナが叫んだ。
「クロナ様! 本体ではございません……この柱は“心臓へ至る管”かと!」
「……なるほどな」
クロナは着地しながら低く笑った。
「だったら——」
地面を強く踏みしめる。
黒核の熱が、一気に全身へ走った。
「喰って……抜く!」
拳を床へ叩きつける。
ズンッ!!
床から、黒い脈の流れが見えた。
管。
つながり。
流れ道。
「……これか」
視線の先に、“赤黒く光る塊”があった。
ゆっくりと……脈打っている。
ドクン……ドクン……
イエガンが息を呑む。
「……あれが、核……」
ティナが静かに頷いた。
「間違いございません……クロナ様。あれこそが……影界の心臓でございます」
クロナは唇を歪めた。
黒翼が、ゆっくりと開く。
「……やっと会えたな」
一歩、踏み出す。
揺れる床。
響く鼓動。
その奥で、何かがこちらを“見た”気がした。
戦いは、もうすぐだ。




