【第205話:夜明け前、群れの影守り】
夜森を包んでいた濃い影が、ゆっくりと薄闇へと融け始めていく。
東の空にかすかな白が滲み、夜明けの予兆が枝葉の隙間から差し込む頃――クロナは、静かに息を吐いた。
黒翼を折り畳み、群れの境界へ降り立つと、すでに牙部隊が防衛陣形を整えていた。
イエガンがいち早くクロナに気づき、膝をつき頭を垂れる。
「クロナ様。夜森の“深影核”の脅威は、完全に排除されたのでしょうか?」
その声音は冷静だが、奥には焦りではない“覚悟”の熱が宿っていた。
クロナはゆっくりと頷く。
「……深影は、もう動かない。残滓は俺が喰った。だが――」
言いながら、胸の奥で何かが脈打つ。
それは黒核の力と、深影の“呼び声”が混ざり合って生まれた新たな脈動。
完全に自分のものとなったはずのそれが、静かに警鐘を打っていた。
クロナの沈黙を読み取ったのか、イエガンが一歩身を寄せる。
「……まだ、問題が?」
「深影は核ではない。外――もっと広い“影界”から流れ込んでいた“端末”だ。
今回はそれを喰い止めただけで……向こうの本体が動けば、また来る」
イエガンは喉を鳴らし、鋭い眼光を森の奥へと向ける。
「ならば、牙部隊はいつでも戦えるよう備えておきます。クロナ様の背を守るのが我らの務めです」
「……頼む」
クロナがそう応えたとき、別方向から足音が聞こえてきた。
軽やかな、だが急ぎの気配を帯びた足取り。
「クロナ様!」
駆け寄ってきたのは目部隊のティナだった。
彼女も息を整えることなく、すぐに報告を口にする。
「夜森の外縁部で、微弱ですが“渦痕”の発生を確認しました。深影核の残滓が溢れた跡かと思われます」
イエガンが眉をつり上げる。
「まだ残っていたのか……!」
「放っておけない。群れまで流れ込む前に、全て浄化しないと」
クロナが歩き出そうとした瞬間、ティナがクロナの黒翼に目を向ける。
昨夜の戦いで広がりを増し、羽根の縁には赤い脈光が滲んでいた。
「クロナ様……その翼、“深影”の影響が残っているのでは?」
「大丈夫だ。喰った力は俺のものになる。制御は――問題ない」
そう言い切ったが、胸の脈動はまた強く鳴る。
嘘ではない。だが完全でもない。
ティナはそれ以上追及しなかった。
ただ、淡い光をまとった指先で、クロナの背の方をそっと見守るように視線を落とした。
そして、微笑まずに言う。
「……なら、信じます。私たちはクロナ様の判断に従いますから」
夜森に残る影の渦痕へ向かい、クロナは黒翼を広げる。
その背に、イエガンとティナの視線が静かに重なった。
夜の終わりが近い。
だが“影界”の脈動は、まだどこかで息づいている。
「行こう。夜明けまでに、全部片付ける」
黒翼が風を裂き、クロナは白む空へと跳んだ。
――夜が明ける前に、群れを守り切るために。




