【第204話:黒渦の嚙合い、夜の底へ】
黒と黒がぶつかった瞬間――
森の空気が、まるで別の世界に引きずり込まれたみたいに歪んだ。
影核が広げた深い闇は、地面の上ではなく“下”へ沈むように渦巻いていく。
クロナは黒翼をひと打ちし、渦の中心へ踏み込んだ。
(……ここは表じゃねぇ。完全に、“影の底”だ)
地面も空もなく、ただ上下を失った空間。
影核が作った闇の領域。
そこに入った瞬間、クロナの黒核が活性化し、胸の奥で脈動を始める。
――喰え。
――まだまだいける。
そんな直感が体の奥から湧き上がる。
目の前、影核の巨大な“穴”がゆっくりと形を変える。
まるで生物の口のように、開き、閉じ、また開く。
そしてその奥から――
《……ギ……ィ……喰界……ノ……コ……》
言葉になりきれない声が漏れた。
外側の本体の残響。
その断片が混ざり、忌まわしい音を奏でている。
クロナは一歩前へ。
黒翼が広がり、影を切り裂くように風が生まれる。
「聞こえねぇよ。はっきり言え。
喰われたいのか、逃げたいのか――どっちだ」
影核は揺れ、瞬時に空間全体へ影を散らした。
無数の触手が渦の底から伸び、まるでこの闇全体が“敵”になったかのように襲ってくる。
だが――
「そんな手は、もう見飽きた」
クロナは黒核に意識を集中させた。
すると黒翼が刃のような輝きを生み、次の瞬間――
影の触手が触れた端から、逆に“影核の側”が削り取られていく。
《……な……ニ……》
影核が悲鳴のような震えを放つ。
クロナは笑った。
「喰界の力ってのはな……“喰らった相手の性質を伸ばす”んだよ」
黒翼の起こす風が渦の底に広がり、反転する。
まるで影の流れを食い破るように逆巻き――
渦が逆回転した。
影核が吸い寄せられる。
空間そのものが、クロナの黒核へ引っ張られるように歪んでいく。
《……キサマ……外……側……ノ……》
「外側なんざ、知らねぇよ。
ここは俺の世界だ。群れがいる世界だ。
“外”のルールなんて持ち込ませねぇ」
黒核が鳴く。
その響きが、影核の穴に突き刺さる。
渦の底が割れるように開き――
鮮やかな黒の牙が、まるで本物の獣の口みたいに姿を現した。
「喰界王の牙……」
クロナはその中心へ手を伸ばす。
影核が最後の抵抗とばかりに、空間全体を振動させた。
影が跳ね、渦がうねり、影核が巨大な塊へ戻って突進してくる。
だがクロナは、逃げなかった。
むしろ――一歩踏み込んだ。
「――喰われろ」
黒核が開く。
黒翼が爆ぜる。
夜を飲み込むような渦が影核ごと圧し潰し――
次の瞬間、深影の核はそのすべてを奪われ、闇の海へ沈んだ。
音が止む。
風が止む。
渦も止む。
クロナの掌だけが、ゆっくりと光を放っていた。
それは“喰った証”。
影核が持っていた性質の一部が、黒核に吸収されたのだ。
「……やっと静かになったな」
夜の底に、ほんの一滴だけ黒い光が落ちて消える。
その瞬間、渦の世界がひっくり返るように反転し――
クロナの視界は一気に、現実の森へ戻った。
深影の核は消え、ただ夜風と木々の音だけが残っていた。




