【第203話:深影の核、夜に潜む声】
森の奥――そのさらに奥。
夜の闇が、まるで濃い液体みたいに重く沈んでいる場所があった。
そこに“あれ”はいた。
クロナは黒翼をしぼり、足音を殺して進んだ。
風は止まり、木々は微動だにしない。
ただ、地面の下から時折ごく弱い“ウネり”だけが伝わってくる。
(……ここだ)
黒核が静かに震えた。
獲物を見つけたときの、あの独特の反応。
喰うべき敵を、真っ直ぐ指さすような感覚。
クロナは息を一度だけ整え、闇の中心へ歩を進めた。
* * *
《……ァァ……ギ……ィ……》
耳鳴りのようなノイズが、突然、森全体に広がった。
方向感をつかめない。
声とも音ともつかない“外側”の震え。
その直後、まるで泥から何かが浮かび上がるみたいに――
地面が盛り上がり、黒い“核の影”が姿を現した。
「……やっぱり、でかいな」
先ほどまでの残滓とは比べ物にならない。
それは、森を食うように形を変えながら、ゆっくりとクロナへ顔を向ける。
顔というより、穴。
奥が見えない、深い暗闇の裂け目。
その中心から、声が漏れた。
《……キサマ……外ノ……ニオイ……》
クロナは歩みを止めない。
黒翼の根本が低く鳴り始め、影が足元へ吸い込まれていく。
「外側の残りかすってんなら、話は早ぇ。全部、喰って静かにさせる」
影核は揺れた。
まるで“怒り”か“喜び”か判別できないほど不気味な動きで。
《……キサマ……喰界……ノ……》
言葉が途切れた瞬間――
黒い触手のような影が一斉に爆ぜ、クロナへ襲いかかった。
だがクロナは翼を広げ、真正面から突っ込む。
「隠れて震えてるだけの残りもんが、デカい顔すんな!」
一閃。
黒翼から放たれた斬光が、影触手をまとめて裂いた。
だが裂けた影はすぐに塊へ戻り、怪物の本体に吸い込まれていく。
その再生のしかたが――妙だった。
(……普通の残滓じゃねぇ。どっかで見覚えがある……)
黒核が脈打ち、クロナの脳裏に“胎室”の光景がかすめた。
赤い鼓動。
外側の本体が見せた、あの異様な“目覚めかけの渦”。
(まさか……あっちの意思の“破片”が、こっちに落ちてんのか)
もしそうなら、今目の前にいる影核は――
ただの残滓ではなく、“向こう側の本体の意識片”。
クロナの喉が、自然と笑った。
「だったら――喰う価値は十分だな」
黒核がさらに輝く。
翼の縁に雷みたいな黒い火花が散った。
影核もまた、その闇を大きくふくらませた。
深い穴の中心から、低い声が漏れる。
《……喰ウ……カ……キサマ……?》
クロナは即答した。
迷いも恐れも一切なしに。
「喰う。全部、だ」
次の瞬間――
森が揺れた。
影核が一気に膨張し、闇が地平まで広がる。
その中心で、黒翼の影と“外側の声”がぶつかり合う。
夜森は、まるで一枚の巨大な影の海へ変わった。
クロナの黒核が鳴く。
影核の渦が吠える。
二つの黒が、重なる。
――喰界王の牙が、深影の核へ届こうとしていた。




