【第202話:黒翼の狩り、夜森の影走り】
夜が、森を満たした。
月の光がまだ届かない“始まりの闇”が、枝葉の隙間から流れ込む。
その闇の中――ただひとつ、黒い影だけが迷わず駆けていた。
クロナだ。
黒翼を半ば閉じ、木々の間を滑るように走る。
足元に散る黒い火花は、黒核が戦闘に向けて熱を帯びている証。
「……いるな」
耳を澄ませた瞬間、森の奥にひそむ“ノイズ”が揺れた。
風でも獣でもない。
生命の輪郭を持たない“外側の残りかす”。
クロナの口角が、ほんの少しだけ上がる。
「隠れんなよ。お前らの匂いはすぐわかる」
返事の代わりに、闇がひらりと裂けた。
黒い“影の牙”のようなものが飛び出し、クロナの喉元を狙う。
だが――
「遅ぇ」
クロナの翼が一閃。
羽の縁から走る黒い衝撃波が、影の牙を一瞬で粉砕した。
残滓は灰のように砕け、すぐに地面へ吸い込まれる。
その灰の流れ方を見て、クロナはすぐに次の動きを読んだ。
「まだ奥にいる。……三つか」
森の奥に続く闇が、まるで大きな呼吸のようにふくらんだ。
あっちの“外側”が、この世界に残した“忘れ物”。
それらは、黒核の動きを察知したのか、ゆっくりと集まりはじめる。
クロナは迷わない。
黒翼を広げ、地を蹴る。
木々の間を疾走すると、風と影だけが引き裂かれる音を残した。
《ギ……ァァ……》
低いノイズ混じりの悲鳴が、森の奥から響いた。
三つの影が同時に形を変え、獣のような姿へ変質しながら襲いかかってくる。
だがクロナは止まらず――笑った。
「よし。こっち来い」
一体目が跳びかかる。
爪のように伸びた黒塊が、首を狙って迫る。
クロナは翼で受け止め、逆に影の根本を掴んで地面へ叩きつけた。
“ドゴッ”という重い音が響く。
二体目が背後から迫る。
クロナは気配を感じて、振り向かずに言葉だけを漏らした。
「背中は、甘いと思ってるか?」
黒翼が後ろへ向かって爆ぜる。
影の塊が空中で砕け散り、枝へ黒い灰を撒き散らした。
最後の一体が、真正面から突進してくる。
だが――
「悪ぃな。お前の“匂い”は、もう飽きた」
クロナの手が影を貫き、黒核の光がその奥へ流れ込む。
影の怪物は形を保てず、黒い霧となって崩れた。
《……ッ……ギ……》
そんなノイズだけを残し、すべてが地面に吸い込まれて消えていく。
静寂。
その瞬間、森の奥に“別の風”が吹いた。
ティナの魔力の気配だ。
イエガンもいる。
牙部隊の応援が、ここへ向かってきている。
クロナは視線を上げた。
「……結構奥まで来たか。そろそろ戻るか」
だが。
その足を止める、妙な“震え”が地面から伝わった。
(……まだだ。これが“最後の残りかす”じゃねぇ)
森の深部――そこに、ひとつだけ異様に濃い“影の塊”がある。
本体に近い、外側の中心の破片。
クロナの黒核が強く鳴る。
黒い光脈が翼へ走る。
「……よし。じゃあ次で終わらせる」
夜の森に、黒翼が再び広がる。
風が鳴り、地面に走る影が蠢く。
喰界王の狩りが――まだ続く。




