【第201話:帰還、牙の灯火】
夕陽が沈みかけるグリムの森に、熱を帯びた風が吹き込んだ。
その風を割るように、黒い影が降りてくる。
黒翼――。
それが見えた瞬間、牙部隊の最前線にざわめきが走った。
「……クロナ様だ!」
「戻られたぞ、クロナ様が!」
かすれた声が次々と上がり、崩れた土壁の向こうから仲間たちが顔を上げる。
炎信号の明かりに照らされて、クロナはゆっくりと着地した。
翼の黒が、燃えるような橙色に縁取られる。
ルーニーが膝をつく。
「クロナ様……ご無事で……」
「イエガン、ティナのおかげだ」
クロナは軽く息をつき、地面に残る影の跡を見た。
規模は小さいが、胎室から流れ込んだ“外側の影”がここにも触れている。
ティナがすぐ後ろに降り立ち、掌に光を集めた。
「影の汚染……微量ですが、確かに残っています。
ですが、封じることは可能です。問題ありません、クロナ様」
「助かる。ここは早めに片づけるぞ」
クロナの声が落ち着いている。
だが、黒核の脈がわずかに強まり、周囲に圧のような気配が漂う。
“戦場に帰ってきた”ことを体が理解しているのだ。
すぐに牙部隊の副官が走り寄ってきた。
「クロナ様! 森の東側から黒い霧のようなものが――」
「外側の影だな」
クロナは即答する。
「本体はもう倒したが……しぶとい残りかすが、まだ森の中に紛れてる」
イエガンが立ち上がり、鋭い声で叫ぶ。
「牙部隊、配置を確認! クロナ様の指示を最優先とする!」
獣人たちが一斉に動き出し、足音と装備の擦れる音が森に響いた。
彼らの影が、炎信号の揺らぎの中で伸びたり縮んだりする。
クロナは黒翼をわずかに広げ、群れを見回した。
その瞳に浮かんでいたのは――誇り。
「よく持ちこたえたな」
その一言で、牙部隊の空気が揺れた。
背筋を伸ばす者、胸を叩く者、涙をこらえる者。
「クロナ様……俺たちは……!」
「ここが俺たちの居場所だ。守るのは当たり前だろ」
クロナは笑った。
「だから、ここからは俺に任せろ」
黒核が低く鳴り、黒翼が大きく広がる。
風が巻き、影がざわりと揺れた。
ティナが隣へ歩み寄る。
「クロナ様、東側の影……動きが不規則です。
おそらく“残りかす”とはいえ、放置は危険かと」
「わかってる。イエガン、牙部隊は守りを続けろ」
「御意!」
クロナは空を見上げた。
夕陽はほとんど沈み、夜が森を満たそうとしている。
闇が深まるほど、影の残りかすも活発になる。
――だからこそ行く。
守るべき群れのために。
黒翼が、夜の空気を震わせた。
「外側の影の残り、全部まとめて喰ってやる」
炎信号が、赤く強く燃え上がる。
群れの灯火が、新たな喰界王の帰還を照らしていた。




